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10/24/2026

AxDx時代の薬剤師資格の考え方| 第3部 薬剤師を採用するだけで、薬局の未来は変わるのか? ――「人が足りない」の先にある、薬局経営の本当の課題

 AxDx時代の薬剤師資格の考え方|

第3部 薬剤師を採用するだけで、薬局の未来は変わるのか?

――「人が足りない」の先にある、薬局経営の本当の課題

「薬剤師がもう1人いれば、もっと仕事ができるのに」

薬局経営者や管理薬剤師なら、一度は考えたことがあるのではないでしょうか。

処方箋が集中する午前中。患者さんを待たせないために、調剤室では薬剤師が次々と処方箋を処理しています。

在宅訪問を増やしたい。服薬フォローアップにも取り組みたい。地域の医療機関との連携も強化したい。

しかし、目の前の業務で手いっぱいです。

そこで経営者は考えます。

「薬剤師を採用しよう」

もちろん、人員不足を解消するための採用は必要です。無理な人員配置で医療安全を犠牲にすることはできません。

ただし、ここで一つ質問があります。

薬剤師が1人増えたとき、その薬局では何が変わるのでしょうか。

処方箋を処理できる枚数でしょうか。残業時間でしょうか。それとも、患者さんに提供できる薬学的サービスの質でしょうか。

この違いが、これからの薬局経営を左右するかもしれません。


1.薬剤師が増えても、薬局の価値が増えるとは限らない

例えば、薬剤師3人で運営している薬局を考えてみましょう。

処方箋の受付、調剤、監査、服薬指導、薬歴記録に追われ、患者さんへの継続的なフォローアップには十分な時間を確保できていません。

ここに4人目の薬剤師を採用したとします。

業務負担が分散され、待ち時間が短くなり、休暇も取りやすくなるでしょう。

それだけでも重要な経営改善です。

しかし、採用後も従来と同じ業務を4人で分担するだけなら、薬局が提供するサービスの種類や質は大きく変わらない可能性があります。

一方、増員によって生まれた時間を活用し、退院後の患者さんの薬物療法を確認したり、在宅医療に取り組んだり、服薬状況の改善につなげたりする薬局も考えられます。

同じ1人の採用でも、その結果は異なります。

ここで重要なのは、採用人数ではなく、採用した人材が能力を発揮できる組織になっているかということです。

もちろん、増員が必ず新たな収益を生むわけではありません。

服薬支援の充実が患者アウトカムを改善するか、経営成果につながるかは、対象患者、介入内容、地域需要、診療報酬上の評価などによって異なります。

それでも、採用を単なる欠員補充として考えるのか、薬局機能を発展させる投資として考えるのかでは、経営戦略に大きな違いが生まれます。

2.同じ薬剤師免許でも、組織への貢献は同じではない

薬剤師免許は、薬剤師として業務を行うための法的資格です。

国家試験に合格し、免許を取得することで、法令に基づく薬剤師業務を担う資格が与えられます。

しかし、免許はすべての薬剤師の能力や経験が同一であることを保証するものではありません。

例えば、次のような薬剤師がいるとします。

薬剤師A

処方箋に従って正確に調剤し、患者さんに必要な説明を行うことができます。

薬剤師B

基本業務に加え、検査値、生活状況、服薬履歴などを確認し、薬物療法上の問題を見つけ、必要に応じて処方医へ提案できます。

薬剤師C

さらに、後輩薬剤師を育成し、薬局全体の業務改善や医療機関との連携体制づくりにも取り組めます。

 

これは薬剤師を優劣で分類するものではありません。

実際には、経験領域や勤務環境によって強みは異なります。正確な調剤や患者への丁寧な対応も、薬局の重要な価値です。

ただ、組織への貢献を考えると、個人の能力が患者への支援にとどまる場合と、その能力が組織全体に広がる場合では、影響する範囲が異なります。

さらに注意したいのは、BやCの能力がある薬剤師でも、職場に時間や権限がなければ、その能力を発揮できないということです。

つまり、薬剤師の市場価値を考える際には、個人の能力だけでなく、能力を活用できる職場環境も考慮する必要があります。

 

3.「経験年数」と「成長した経験」は同じではない

「薬剤師経験20年」

採用面接で、この経歴を見れば安心感があるかもしれません。

しかし、20年間勤務してきたという事実だけでは、その人がどのような経験を積み、どのような能力を身につけたのかまでは分かりません。

同じ業務を繰り返してきた人もいれば、さまざまな処方や患者に対応し、新しい業務に挑戦してきた人もいるでしょう。

もちろん、同じ職場で長く働くことにも価値があります。

地域住民との信頼関係、医療機関との連携、患者さんの生活背景への理解など、長期勤務によって蓄積される能力も少なくありません。

重要なのは勤続年数の長短ではなく、その期間に何を経験し、何を学び、何ができるようになったかです。

これは転職にも当てはまります。

複数の職場を経験した薬剤師が、必ずしも能力の高い人材とは限りません。一方、転職回数が多いことだけで、能力が低いと判断することもできません。

第2部で考えたように、転職がキャリア形成につながるかどうかは、移動した回数ではなく、そこで獲得した能力や経験によって評価する必要があります。

そして、これは採用する薬局側にも重要な問いを投げかけます。

その薬局で5年間働いた薬剤師は、入社時より何ができるようになっているでしょうか。

この問いに答えられない組織は、教育や人事評価の仕組みを見直す余地があるかもしれません。

4.教育を「研修に参加させること」で終わらせていないか

薬剤師教育というと、学会、研修会、eラーニング、認定資格の取得などが思い浮かびます。

いずれも専門性を高めるための重要な手段です。

しかし、研修に参加したことと、実際の業務能力が向上したことは同じではありません。

例えば、腎機能に応じた薬物療法について研修を受講した薬剤師がいたとします。

研修終了後に修了証を受け取ったとしても、実際の患者さんの腎機能や処方内容を評価できるようになったかどうかは、それだけでは判断できません。

教育の成果を見るためには、知識の習得に加え、実務での活用を確認する必要があります。

薬局であれば、次のような変化が考えられます。

  • 患者情報を確認する視点が増えたか。
  • 薬物療法上の問題を発見できるようになったか。
  • 処方医への情報提供や提案の質が向上したか。
  • 患者さんへの説明が分かりやすくなったか。
  • 学んだ知識を他の薬剤師にも共有できるようになったか。

ただし、疑義照会件数や処方提案件数が多ければ、必ず能力が高いというわけではありません。

患者構成や処方内容によって必要な介入は異なり、不必要な提案を増やすことが教育の目的ではないからです。

教育の評価では、件数だけでなく、判断の妥当性、安全性、患者への影響を確認することが重要です。

5.AxDxは、薬剤師の能力差を広げるのか、縮めるのか

ここでAI・DXの問題が登場します。

厚生労働省は2026年10月、医療情報化推進方針を策定しました。

医療情報を全国的に連携・共有する基盤整備や、医療現場の生産性向上などを目指す方向性が示されています。

電子処方箋、オンライン資格確認、医療情報の共有などによって、薬剤師が利用できる情報や業務環境は変化しています。

こうした変化の中で、生成AIも薬剤師の情報整理や学習を支援する技術として注目されています。

例えば、薬剤師が新しい治療薬について学ぶ場面を考えてみましょう。

従来は、教科書や論文を探し、必要な情報を整理することに多くの時間を要していました。

生成AIを使えば、学習項目の整理、理解度を確認するための問題作成、専門用語の説明などを効率化できる可能性があります。

ただし、AIが作成した説明には誤りや古い情報が含まれる場合があります。

医薬品の適応、禁忌、相互作用、用法・用量などを判断する際には、最新の電子添文や信頼できる一次資料を確認し、患者ごとの状況に適用できるかを薬剤師が判断する必要があります。

また、患者情報を外部の生成AIへ入力する場合には、個人情報保護や組織の情報セキュリティ規程への適合が不可欠です。

ここで考えたいのは、AIを使える薬剤師と使えない薬剤師という単純な区分ではありません。

同じAIを利用していても、答えをそのまま受け入れる人と、情報を検証して自分の判断に活用する人では、成果が異なる可能性があります。

さらに、AIに触れる機会や教育環境が十分でない職場では、技術を使いこなす経験そのものが蓄積しにくくなるかもしれません。

つまり、AxDxによって薬剤師間の能力差が拡大する可能性もあれば、適切な教育によって学習機会の差が縮小する可能性もあります。

現時点で、日本の薬剤師についてAI利用が賃金格差や生涯所得格差をどの程度生むのかを示す、十分な因果的証拠は確認できません。

だからこそ、技術の導入効果を過大評価せず、教育と実務の両面から検証する必要があります。

6.薬局経営者は、薬剤師の何を評価すべきか

薬剤師の評価指標として、処方箋枚数や調剤件数、勤務時間などが使われることがあります。

これらは業務量や人員配置を考えるうえで必要な情報です。

しかし、それだけで薬剤師の専門能力や患者への貢献を評価することは困難です。

例えば、処方箋を1日40枚扱う薬剤師と、25枚扱う薬剤師がいたとします。

単純な処理枚数だけなら前者の方が多くなります。

しかし、後者が複雑な薬物療法の評価や在宅患者への対応を担当している場合、件数だけで両者の貢献を比較することは適切ではありません。

では、どのように評価すればよいのでしょうか。

一つの考え方は、評価を複数の視点に分けることです。

① 基本業務の安全性

調剤、監査、服薬指導、記録などを適切に実施できているか。

② 薬学的判断能力

患者情報を踏まえ、薬物療法上の問題を評価し、必要な対応を選択できるか。

③ 患者・地域への貢献

継続的な服薬支援や多職種連携を通じて、必要な医療につなげているか。

④ 組織への貢献

後輩育成、業務改善、情報共有などに取り組んでいるか。

⑤ 学習と変化への対応

新しい知識や技術を学び、安全に実務へ取り入れられるか。

 

すべての薬剤師に同じ水準や同じ役割を求める必要はありません。

新人薬剤師、管理薬剤師、専門性の高い薬剤師、在宅医療を担当する薬剤師では、期待される役割が異なるためです。

重要なのは、役割に応じた評価基準を設け、本人が成長を実感できるようにすることです。

そして、評価制度が単なる給与査定ではなく、教育や配置、キャリア形成と結びついていることが望まれます。

7.採用・教育・評価がつながって初めて、人材は経営資源になる

ここまで考えると、薬剤師の採用だけを独立した経営課題として扱うことには限界があると分かります。

採用した人材をどのように育てるのか。

育った能力をどの業務で発揮してもらうのか。

その貢献をどのように評価し、次の成長につなげるのか。

これらは本来、一体として考えるべき問題です。

例えば、在宅医療を強化したい薬局があるとします。

単に在宅経験のある薬剤師を採用するだけでは、事業が発展するとは限りません。

訪問スケジュール、緊急時の対応、医師や訪問看護師との情報共有、他の薬剤師との役割分担など、組織としての体制が必要だからです。

一方、経験者がいなくても、段階的な教育と外部専門家との連携によって、必要な能力を育てられる場合があります。

どちらが適切かは、地域の患者需要、既存人員、教育コスト、採用市場、経営資源によって異なります。

大切なのは、採用か教育かという二者択一ではありません。

自薬局に必要な機能を明確にし、その機能を実現するために人材をどう確保し、育て、活用するか。

この順番で考えることが重要です。


8.私見――薬剤師を集める薬局から、薬剤師が育つ薬局へ

私は、これからの薬局経営で問われるのは、薬剤師を何人確保できるかだけではないと考えています。

もちろん、適正な人員配置は医療安全と労働環境の基本です。人手不足を教育やDXだけで解決できるわけではありません。

しかし、必要人数を確保した後に何をするのかという問いは、これまで以上に重要になるでしょう。

薬剤師免許を持つ人材を採用することは、専門的な能力を持つ可能性のある人材を迎えることです。

その可能性を実際の患者支援や地域医療への貢献につなげられるかどうかは、組織の経営方針や教育環境にも左右されます。

私は、薬剤師の市場価値を、年収や転職市場での評価だけで考えるべきではないと思っています。

  • 患者さんから信頼されること。
  • 他の医療職から相談されること。
  • 後輩が育つこと。

新しい技術を使い、これまでできなかった仕事ができるようになること。

こうした価値が積み重なることで、薬剤師個人のキャリアも、薬局という組織の存在価値も高まっていくのではないでしょうか。

ただし、社会的貢献が高いことと、それが給与や収益として評価されることは別問題です。

価値を生み出していても、制度や経営の仕組みが対応していなければ、十分な報酬につながらない場合もあります。

この問題は、薬剤師個人の努力だけで解決できるものではありません。

だからこそ、薬局経営者には、薬剤師の成長を組織の成果につなげ、その成果を適切に評価・還元する経営が求められると考えます。

「薬剤師が足りない」という問題を、「どのような薬剤師が育ち、活躍できる薬局をつくるのか」という問題へ。

AxDx時代の薬局経営は、そこから変わり始めるのかもしれません。


シリーズまとめ

第1部では、薬剤師免許と市場価値の関係を考えました。

第2部では、転職という選択がキャリア形成にどのような意味を持つのかを考えました。

そして第3部では、薬剤師の能力や市場価値は、本人の努力だけでなく、採用・教育・評価・組織環境とも関係していることを考察しました。

3部を通じて伝えたいのは、薬剤師免許そのものの価値が二極化すると決めつけることではありません。

同じ資格を持っていても、何を学び、どのような経験を積み、その能力をどこで、どのように発揮するかによって、キャリアや社会への貢献は変わり得る。

そして、その可能性を広げる責任は、薬剤師個人にも、薬局という組織にもあるということです。

参考資料

  1. 厚生労働省「薬剤師確保対策」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/yakuzaishikakuho.html
  2. 厚生労働省「医療DXについて」(2026年10月1日更新)
    https://www.mhlw.go.jp/stf/iryoudx.html
  3. デジタル庁「医療DXに関するダッシュボード」
    https://www.digital.go.jp/resources/govdashboard/healthcare-dx
  4. 小林道也「保険薬局における医療DX入門」『薬局薬学』2025年、17巻、8–11頁
    https://doi.org/10.32160/yakkyoku.ra.2025-2000
  5. 髙橋悠一「医療DXが進む時代の変化と薬剤師に期待すること」『薬局薬学』2026年、18巻2号、123–131頁
    https://doi.org/10.32160/yakkyoku.ra.2026-4000

AxDx時代の薬剤師資格の考え方|第2部 その転職は「逃避」か「投資」か?――薬剤師の市場価値を変えるキャリアの選び方

 AxDx時代の薬剤師資格の考え方|第2部

その転職は「逃避」か「投資」か?

――薬剤師の市場価値を変えるキャリアの選び方 

はじめに――「転職すれば年収が上がる」は、いつまで通用するのか?

「今の薬局では、これ以上成長できない気がする」

「病院で専門性を磨いてきたけれど、給与がなかなか上がらない」

「転職すれば年収が50万円上がると言われた。でも、5年後はどうだろう?」

薬剤師として働いていれば、一度くらいはこんなことを考えた経験があるのではないでしょうか。

薬剤師免許は、勤務先が変わっても失われません。病院から薬局へ、薬局からドラッグストアへ、あるいは企業へと、働く場所を変えられることは大きな強みです。

しかし、ここに一つの落とし穴があります。

「転職できること」と「転職することで自分の価値が高まること」は、同じではありません。

これまで薬剤師の転職は、給与、勤務地、休日、職場の人間関係などを中心に語られることが多かったように思います。

もちろん、これらは生活を支える大切な条件です。

ただ、AIとDXが進む時代には、もう一つの視点が必要になります。

それは、**「その職場で過ごす3年間は、次の5年間の自分に何を残してくれるのか?」**という問いです。

第1部では、薬剤師免許の価値と、その免許を使って生み出す価値は必ずしも同じではないことを考えました。

第2部では、転職とキャリア形成に焦点を当てます。

転職を繰り返す薬剤師は不利になるのでしょうか。長く同じ職場にいる薬剤師の方が有利なのでしょうか。

そして、AI・DX時代に、薬剤師は何を基準に職場を選べばよいのでしょうか。


1.薬剤師の転職は、決して珍しいことではない

まず、薬剤師の転職を考えるうえで、興味深い研究があります。

厚生労働科学研究の「医療需要や医師の働き方等の変化を踏まえた病院薬剤師の需要把握のための研究」です。

薬剤師届出票データを用いて職種の変遷を調べた研究では、各調査年度の病院薬剤師の約10%が2年後には転職しており、その転職先の約70%が薬局だったと報告されています。

特に20代の病院薬剤師で薬局への転職が多い傾向が示されました。

ただし、この数字は病院薬剤師を対象とした特定期間の分析です。すべての薬剤師の転職率を表しているわけではありません。

それでも、病院から薬局への移動が現実に一定規模で起きていることは分かります。

では、転職した薬剤師は、その後どうなったのでしょうか。

年収が上がったのか。専門能力が高まったのか。仕事への満足度は改善したのか。

残念ながら、今回確認した研究だけでは、そこまで結論づけることはできません。

ここは重要な点です。

転職した人が多いことは分かっても、転職が成功したかどうかは別の問題なのです。

薬剤師の転職を評価するには、単なる転職回数ではなく、転職によって何を得たのかを調べる必要があります。

2.年収50万円アップは、本当に「得」なのか?

薬剤師の転職では、年収が分かりやすい判断材料になります。

厚生労働省の職業情報提供サイト「job tag」によると、令和7年賃金構造基本統計調査をもとにした薬剤師の全国平均年収は566.8万円です。

もちろん、これは全国平均であり、個々の薬剤師の適正年収や転職市場での提示額を示すものではありません。

それでも、自分の給与を客観的に考える一つの目安になります。

例えば、次の2人を考えてみましょう。

 

Aさん:32歳、薬局薬剤師

現在の年収は500万円。転職先から550万円を提示されています。

ただし、新しい職場では、これまでとほぼ同じ調剤・服薬指導業務が中心です。教育制度や新しい業務への挑戦機会は、あまり明確ではありません。

 

Bさん:32歳、薬局薬剤師

現在の年収は500万円。転職先の提示額は520万円です。

しかし、在宅医療への参加、医師との連携、医療DXの運用、若手薬剤師の教育などを経験できる環境があります。

 

この2人のどちらが得なのでしょうか。

初年度の給与だけを比較すれば、Aさんです。

しかし、5年後の市場価値まで考えた場合、結論は簡単ではありません。

Bさんが新しい経験を積み、より大きな役割を担えるようになれば、将来の選択肢が広がる可能性があります。

一方、Aさんも、給与が高いことで生活の安定や自己学習への投資余力を得られるかもしれません。

つまり、どちらが正解とは言えません。

大切なのは、年収の増加と、将来の職業能力の増加を分けて考えることです。

年収50万円の差は、単純計算で5年間なら250万円です。

この金額を軽視すべきではありません。

ただし、その間に身につく能力や経験、働き方の持続可能性、昇進の可能性も比較する必要があります。

なお、薬剤師について「転職回数が何回以上なら生涯所得がいくら減少する」といった因果関係を示す十分な根拠は、今回の調査では確認できませんでした。

したがって、転職回数が多いだけで不利と決めつけることも、転職すれば収入が上がると一般化することも適切ではありません。

3.同じ10年の経験でも、なぜ差が生まれるのか?

ここで、少し厳しい問いを考えてみます。

「薬剤師経験10年」という言葉は、その人の能力をどこまで説明できるでしょうか。

例えば、次のような2人がいたとします。

一人は、同じ薬局で10年間勤務し、毎日多くの処方箋に対応してきました。

もう一人は、複数の職場で10年間勤務し、外来調剤、在宅医療、病院との連携、医療安全対策、スタッフ教育などを経験しました。

後者の方が必ず優秀なのでしょうか。

そうとは限りません。

同じ薬局に10年間勤務していても、患者の変化を継続的に観察し、処方提案や副作用の早期発見を重ね、医師から信頼される薬剤師になっている人もいるでしょう。

逆に、複数の職場を経験していても、どの職場でも同じ仕事を繰り返しているだけなら、経験の幅が能力の向上につながっていない可能性があります。

つまり、重要なのは勤続年数でも転職回数でもありません。

「何年働いたか」より、「その年月で何ができるようになったか」です。

薬剤師の経験を評価する際には、少なくとも次の4つを区別する必要があります。

  • 業務経験:どのような仕事を担当してきたか
  • 専門能力:どの程度の薬学的判断ができるか
  • 実績:患者、医療チーム、組織にどのような成果をもたらしたか
  • 再現性:別の職場でも、その能力を発揮できるか

特に最後の「再現性」は、転職市場で考えるべき重要な視点です。

ある薬局では高く評価されていても、その能力が特定のシステムや人間関係だけに依存している場合、別の職場では同じ成果を出せないかもしれません。

反対に、患者情報の収集、薬学的評価、医師への提案、スタッフ教育などを自分で組み立てられる薬剤師は、環境が変わっても能力を発揮できる可能性があります。

ただし、これら4つは本記事の分析上の整理であり、確立された薬剤師の市場価値評価尺度ではありません。

4.AI・DXが進むと、転職市場で何が変わるのか?

ここからが、今回のテーマの核心です。

AIやDXが薬剤師業務に広がると、薬剤師の仕事はどう変わるのでしょうか。

例えば、薬歴の下書き、医薬品情報の整理、報告書の作成、業務データの集計などは、AIによる支援が考えられる領域です。

これまで30分かかっていた作業が、仮に15分で済むようになったらどうでしょうか。

単純計算では、15分の時間が生まれます。

ただし、この数字は説明のための仮定であり、薬剤師業務における一般的なAI導入効果を示す実測値ではありません。

重要なのは、短縮した15分を何に使うかです。

一人は、そのまま次の事務作業に取りかかる。

もう一人は、患者の服薬状況を詳しく確認し、副作用の可能性を検討し、必要な情報を医師に提供する。

AIを使ったという点では、二人は同じです。

しかし、AIによって生まれた時間を、専門的な価値に変えられるかどうかは異なります。

もちろん、AIの導入によって必ず時間が短縮されるわけではありません。確認作業やシステムへの入力が増え、かえって負担が増える場合も考えられます。

また、AIが得意とする情報整理と、患者の状態を踏まえた臨床判断は区別しなければなりません。

だからこそ、AI・DX時代に必要なのは、単なる操作スキルだけではないのです。

AIを使える薬剤師から、AIを使って何を改善したかを説明できる薬剤師へ。

この変化が、今後のキャリア形成において重要になると考えられます。

ただし、現時点でAI活用能力が薬剤師の転職年収をどの程度引き上げるのか、信頼できる定量的な推定値は確認できません。

将来の市場価値への影響は、検証すべき仮説です。

5.「転職しない」という選択も、立派なキャリア戦略になる

ここまで読むと、転職して新しい経験を積んだ方が有利だと感じるかもしれません。

しかし、それは必ずしも正しくありません。

むしろ、現在の職場で新しい役割を獲得できるのであれば、転職しない方が合理的な場合もあります。

例えば、地域の患者を長年担当してきた薬剤師には、短期間では得られない強みがあります。

患者の生活背景、服薬歴、家族の状況、地域の医療機関との関係などです。

こうした継続的な関係性は、職場を変えることで一部が失われる可能性があります。

また、管理薬剤師や薬局長として、業務改善、人材育成、医療安全、地域連携を実践できる環境があるなら、そこには新たな成長機会があります。

大切なのは、現在の職場に成長の余地があるかどうかです。

例えば、次のような問いを考えてみてください。

「1年前と比べて、新しくできるようになったことは何だろう?」

「今の職場では、来年どんな役割を任せてもらえるだろう?」

「この職場で培った能力は、別の薬局や病院でも役立つだろうか?」

これらに具体的に答えられるなら、転職しないことにも十分な意味があります。

一方、職場に教育機会がなく、新しい役割への挑戦も難しいのであれば、転職を検討する合理的な理由になります。

ただし、成長だけが働く目的ではありません。

家庭、健康、介護、生活の安定、仕事への満足感なども、職場選択において尊重されるべき条件です。

「成長できない人は価値が下がる」という単純な話ではありません。

6.転職を考えるときの「5つの質問」

では、実際に転職を検討するとき、何を確認すればよいのでしょうか。

年収や休日などの労働条件を確認したうえで、次の5つの質問を加えることを提案します。

 

質問①:3年後、どんな仕事ができるようになっているか?

求人票に「スキルアップ可能」と書かれていても、それだけでは分かりません。

在宅医療、専門的な薬学管理、病棟業務、教育、経営管理など、具体的な経験機会を確認します。

 

質問②:その職場では、誰から何を学べるか?

教育制度があるかどうかだけでなく、実際に指導する人がいるか、学んだことを実践できるかが重要です。

 

質問③:AI・DXは、どのような目的で使われているか?

電子薬歴やAIツールの導入だけでなく、業務改善や医療安全、患者支援につながっているかを確認します。

 

質問④:成果は、どのように評価されるか?

処方箋枚数や勤務時間だけでなく、専門能力、患者支援、業務改善、人材育成などが評価される仕組みがあるかを見ます。

 

質問⑤:この職場を離れるとき、何を実績として説明できるか?

これは少し変わった質問かもしれません。

しかし、次の転職を前提にするという意味ではありません。

自分の仕事を振り返ったとき、経験や成果を具体的に説明できる環境かどうかを確認するための問いです。

 

これらは、求人票の点数をつけるための科学的な評価尺度ではありません。

転職先を比較する際に、給与以外の重要な条件を見落とさないための質問です。

7.転職する薬剤師だけの問題ではない――薬局経営者・管理者への問い

ここまで、薬剤師個人の立場から考えてきました。

しかし、この問題は薬局経営者や管理薬剤師にも関係します。

例えば、若手薬剤師が退職を申し出たとき、どのように受け止めるでしょうか。

「せっかく育てたのに辞めてしまう」

「最近の若い人は我慢が足りない」

そう感じることもあるかもしれません。

しかし、転職理由が給与だけではなく、成長機会の不足や将来のキャリアが見えないことにあるとしたらどうでしょうか。

令和6年度厚生労働省委託事業として実施された病院薬剤師の確保に関する調査報告では、キャリアパスや育成体系が不明確な場合、将来を描けない不安から離職につながる可能性が指摘されています。

同報告では、管理職としてのキャリアと専門性を高めるキャリアの双方を示し、育成機会を提供することの重要性が整理されています。

これは病院薬剤師を中心とした報告ですが、中小薬局の人材育成にも参考になる考え方です。

例えば、5人の薬剤師がいる薬局で、全員に同じ仕事を割り振り、勤続年数だけで給与を決めていたとします。

それぞれの得意分野や将来の希望を把握せず、成長の機会も明確にしていなければ、能力を伸ばしたい薬剤師ほど将来に不安を感じるかもしれません。

一方で、薬剤師の希望に応じて、在宅医療、医療安全、患者フォロー、地域連携、教育などの役割を設定できれば、職場の中でキャリアを広げる可能性があります。

もちろん、中小薬局には人員や資金の制約があります。大病院と同じ教育制度を整備することは難しいでしょう。

だからこそ、規模に応じた育成の仕組みが必要になります。

薬剤師が辞めないことだけを目標にするのではなく、「ここで働くと、どんな薬剤師になれるのか」を説明できる組織になること。

それが、人材確保と薬局経営の両方に関わる課題です。

8.想定される反論――「キャリアの成長」ばかり求めるのは現実的か?

ここまでの議論には、当然ながら反論もあるでしょう。

「毎日忙しく、目の前の調剤業務だけで精いっぱいだ」

「家庭や育児を優先したい。キャリアアップを求められても困る」

「専門性を高めても、給与が上がらない職場は多いのではないか」

いずれも重要な指摘です。

まず、薬剤師全員が管理職や専門薬剤師を目指す必要はありません。

安定した勤務を続け、患者に必要な医薬品を安全に提供することにも社会的価値があります。

また、専門能力を高めれば必ず年収が上がるという保証もありません。

能力があっても、地域の求人状況、勤務先の経営状態、評価制度などによって処遇は変わります。

そして、教育機会の不足を薬剤師個人の努力不足に置き換えることも適切ではありません。

本人が努力しても、学習機会や業務経験が与えられなければ、成長には限界があります。

逆に、組織が研修制度を整えても、本人が何を学びたいかを考えなければ、制度が十分に活用されない可能性もあります。

したがって、キャリア形成は、個人だけの責任でも、組織だけの責任でもありません。

双方が関わる問題として考える必要があります。


私見――「逃げる転職」が悪いのではない。「何も残らない転職」がもったいない

私は、薬剤師の転職を良いこととも悪いこととも考えていません。

また、職場を変える理由を、安易に「逃避」と決めつけるべきではないと思っています。

過重労働やハラスメント、安全を脅かす職場環境などから離れることは、必要な選択です。

給与や生活条件を改善するための転職も、当然ながら合理的です。

そのうえで、キャリア形成という観点から、一つ提案したいことがあります。

転職先を探すときには、年収だけでなく「その職場で何を持ち帰れるか」を考えてほしい。

病院で学んだ薬物治療の知識を、薬局の患者支援に活かす。

薬局で経験した在宅医療や地域連携を、次の職場で発展させる。

管理薬剤師として培った教育や業務改善の経験を、別の組織でも再現する。

こうした経験は、勤務先が変わっても、自分の中に残ります。

そして、もう一つ大切なことがあります。

それは、転職しなくても、自分の仕事を変えることはできるということです。

同じ薬局で働きながら、新しい患者支援の方法を考える。医師や看護師との連携を深める。AIを活用して業務を改善する。若い薬剤師の成長を支える。

これらも立派なキャリア形成です。

薬剤師免許は、取得した時点で専門職としての入口に立つための資格です。

しかし、その免許を使って何を積み重ねてきたかは、一人ひとり異なります。

これからの時代、重要なのは「何回転職したか」ではなく、「どこで、何を学び、どんな価値を生み出せるようになったか」ではないでしょうか。

転職はゴールではありません。自分の可能性を広げるための、数ある選択肢の一つです。

次回、第3部では、視点を薬局経営者・管理者に移します。

「薬剤師を採用すること」と「薬剤師の価値を育てること」は、どう違うのでしょうか。

AI・DX時代に、中小薬局がどのような人材育成戦略を持つべきかを考えます。


参考資料

  1. 厚生労働省「薬剤師確保対策」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/yakuzaishikakuho.html
  2. 厚生労働科学研究成果データベース「医療需要や医師の働き方等の変化を踏まえた病院薬剤師の需要把握のための研究」
    https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/164746
  3. 厚生労働科学研究成果データベース「医療需要や医師の働き方等の変化を踏まえた病院薬剤師の需要把握のための研究」(後続研究)
    https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/170497
  4. 厚生労働省 職業情報提供サイト job tag「薬剤師」
    https://shigoto.mhlw.go.jp/User/Occupation/Detail?occupationId=158
  5. 日本病院薬剤師会「令和6年度厚生労働省委託事業」報告書
    https://jshp.or.jp/content/2025/0424-5-1.pdf
  6. 厚生労働省「職業能力開発基本計画」(令和8年3月31日告示)
    https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00013950&dataType=0&pageNo=1

※本記事の人物例、年収条件、AIによる時間短縮の数値は説明用の仮定です。研究・統計に基づく実測値とは区別しています。


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10/20/2026

AxDx時代の薬剤師スキル|第2部 2030年、薬局の生存を決めるのは「教育戦略」である

 AxDx時代の薬剤師スキル|第2部 2030年、薬局の生存を決めるのは「教育戦略」である

― 高度な教育は外へ、土台の教育は内で作り込む ―

30秒で読む要約

2030年に向けて、薬局の持続可能性を左右する重要な経営課題の一つが薬剤師教育である。研修の受講回数を増やすだけでは、実務能力の向上は保証されない。全員に必要な基礎教育を保障しながら、習熟度や役割に応じた教育投資が必要になる。座学に加えて、体験・実践・振り返り・教える機会を組み込むことで、学習を現場の行動につなげる。さらに、学んだ成果が適切に評価され、組織全体へ継承される仕組みが重要である。教育を研修管理ではなく、薬局の経営戦略として捉え直したい。


はじめに|薬剤師教育は、なぜ経営問題なのか

2030年に向けて、薬局経営者が考えなければならない問題の一つが、薬剤師の教育である。

在宅医療、地域連携、医療DX、生成AI、患者の生活背景を踏まえた薬学的判断。薬局に求められる機能が変化するなかで、薬剤師に必要な能力も変わり続けている。

前回の第1部では、2030年に向けて薬剤師に求められる能力を、次の5つに整理した。

  • 薬学的評価・臨床判断力
  • 患者とのコミュニケーション能力
  • 多職種連携・情報共有能力
  • AxDx・情報評価能力
  • 継続学習・職務適応能力

しかし、ここで薬局経営者には別の問題が生じる。

必要な能力が分かったとして、それを誰に、どのように、どこまで教育するのか。

薬剤師全員を高度な専門職に育成することは、現実的なのだろうか。

中小薬局には、教育予算、教育担当者、研修時間に限界がある。日々の調剤業務を維持しながら、すべての薬剤師に同じ教育内容を提供することが、必ずしも最適とは限らない。

教育が経営に直結する理由は、具体的な制度にも表れている。例えば健康サポート薬局では、所定の研修を修了し、薬局薬剤師として5年以上の実務経験を有する薬剤師の常駐が求められる。地域連携薬局や専門医療機関連携薬局についても、認定基準に応じた研修や人員体制が必要となる。在宅医療や地域連携の機能を拡大しようとしても、それを担える薬剤師がいなければ、経営計画を実行できない。

これから必要なのは、研修の数を増やすことではない。

薬局の将来像から逆算し、教育資源をどう配分し、学習をどう実務能力に変え、組織全体の力をどう高めるかという「教育戦略」である。

1.教育の出発点は「何を学ぶか」ではなく「どんな薬局になるか」

一般的な研修計画は、制度改定、新薬、医療安全、在宅医療、DXなどのテーマを並べるところから始まりやすい。

もちろん、必要な知識を更新することは重要である。

しかし、薬局経営の視点では、教育テーマより先に経営上の目的を明確にする必要がある。

例えば、在宅医療を拡大したい薬局であれば、薬剤師に必要なのは在宅医療の知識だけではない。患者の生活状況を把握し、薬学的問題を評価し、医師や訪問看護師などに必要な情報を伝える能力が求められる。

業務効率化を目指す薬局であれば、DXツールの操作方法だけでなく、業務を標準化し、情報を適切に評価し、改善を提案できる能力が重要になる。

管理薬剤師の育成であれば、薬学知識に加えて、品質管理、人材育成、経営数値の理解、問題解決能力が必要になる。

つまり、教育目標は薬局の経営目標と結びついていなければならない。

表1 薬局の経営課題と教育で育てる能力

薬局の経営課題

教育で育てる能力

在宅医療の強化

臨床判断、生活情報の把握、多職種連携

地域の健康支援

健康相談、受診勧奨、地域資源との連携

業務効率化・DX

標準化、情報評価、AI活用、業務改善

医療安全の向上

処方監査、疑義照会、報告・相談

管理薬剤師の育成

人材育成、品質管理、経営判断

出典:筆者作成

教育は経営目標を実現するための手段であり、研修を実施すること自体が目的ではない。

2.薬剤師教育を「全員一律」で考えてよいのか

教育機会の公平性と、教育内容の一律性は同じではない。

すべての薬剤師には、患者の安全を確保し、必要な薬学的業務を適切に遂行するための教育が必要である。

一方、経験、習熟度、得意分野、担当業務、将来の役割は個人によって異なる。

全員に同じ高度研修を受けさせても、業務上の必要性や習熟度によって、その効果は異なる可能性がある。

組織の人材を「2:6:2」に分ける考え方は、いわゆる働きアリの法則として引き合いに出されることがある。

ただし、これは人間の能力分布を示す科学的な法則ではない。

本記事では人数比率として採用するのではなく、教育上の必要性を整理するために、次の3つの状態を考える。

① 高度化・専門化の段階

基本的な実務能力を備え、さらに高度な臨床能力や専門性、組織を牽引する能力を伸ばす段階である。

専門研修、症例研究、病院研修、外部の専門家との交流、指導者としての経験などが教育の中心となる。

② 実務能力の発展段階

基本業務を遂行できる一方、判断の深さ、問題発見力、多職種連携などをさらに高める余地がある段階である。

症例検討、OJT、業務改善活動、実践を通じた学習が重要になる。

③ 基礎能力の補強段階

特定の業務や新しい技術について、基本的な知識、操作、判断手順を補強する必要がある段階である。

標準化された教材、反復練習、具体的なフィードバック、AxDxによる学習支援などが役立つ。

この3類型は、人間そのものの優劣を決めるものではない。

同じ薬剤師でも、服薬指導では高度な能力を持ち、生成AIの利用では初学者ということがある。経験年数や年齢だけで能力を判断することも適切ではない。

大切なのは、人を固定的に分類することではなく、能力や業務ごとに教育方法を変えることである。

3.座学だけでは「使える能力」にならない

「弁当付き勉強会で、薬剤師は育つのか?」

これは、メーカー主催の勉強会そのものを否定する問いではない。問題は、研修を受講したことと、実務能力が向上したことを同じものとして扱っていないか、という点である。

薬剤師の教育には、講義、学会、eラーニング、認定研修など、多様な学習機会が存在する。

これらは知識の習得や更新に重要な役割を果たしている。

しかし、講義を受けて内容を理解したことと、実際の患者に対して適切に判断できることは同じではない。

例えば、ポリファーマシーに関する研修を受講した薬剤師が、複数の薬剤を服用する高齢患者に対応する場面を考えてみたい。

研修内容を記憶しているだけでは十分ではない。

患者の症状、服薬状況、生活環境、検査値、処方意図などを整理し、優先すべき問題を判断し、必要に応じて医師と協議する能力が求められる。

学習科学では、知識を思い出す練習(想起練習)、時間をあけた反復(分散学習)、具体的なフィードバックなどが、学習の定着を支える方法として研究されている。

医療専門職教育を対象としたTrumbleらのシステマティックレビューでは、56研究・63実験のうち43実験で、分散学習や想起練習による有意な効果が認められた。

ただし、これらは主に学習成果を対象とした研究であり、薬局の医療安全や経営成果への直接的な効果を証明したものではない。

重要なのは、座学を否定することではない。

座学によって基礎知識や判断基準を学び、その知識を症例で使い、実務で試し、振り返りによって修正することである。

なお、「講義では5%、他者に教えると90%記憶に残る」といったラーニングピラミッドの数値には、信頼できる実証的根拠がない。

教育方法を評価する際には、こうした数値をそのまま採用するのではなく、学習内容、目的、評価方法に応じて効果を判断する必要がある。

4.「人に教えること」を教育戦略に組み込む

教育の方法を考えるうえで、もう一つ注目したいのが、学んだ内容を他者に説明する機会である。

人に教えるためには、知識を整理し、相手に分かる言葉で説明し、質問に答える必要がある。

その過程で、自分自身の理解が曖昧な部分に気づくこともある。

他者に教えることによる学習効果については、Kobayashi(2022)などの研究で、想起練習との関係を含めた検討が行われている。

これは高度な専門家だけに当てはまる話ではない。

例えば、新しい電子お薬手帳の操作を覚えた薬剤師が、別の薬剤師に操作方法を説明する。症例検討で学んだ内容を、翌週の店舗ミーティングで紹介する。

こうした活動も、学習を深める機会となる。

薬局では、教育を担当する薬剤師だけが教える仕組みではなく、学んだ人が次に他者へ説明する機会を持つことが考えられる。

ただし、教える内容の正確性を確保するため、指導者による確認やフィードバックは必要である。

また、他者に教えることが、すべての学習内容において最も効果的だと断定することもできない。

それでも、学習者が受け身で知識を受け取るだけでなく、自ら説明し、質問に答え、理解を確認する仕組みには、教育上の意義がある。

薬局の教育を個人の学習で終わらせず、組織の知識共有につなげるという点でも重要である。

5.高度な教育は外部へ、基礎教育は薬局内で標準化する

中小薬局では、限られた人員で幅広い教育を実施しなければならない。

高度な専門研修をすべて自前で提供することは、教育担当者の確保や教材の更新などの面で負担が大きい。

一方、日常業務に直結する基本教育は、薬局ごとの業務手順や設備、患者層に応じて継続的に実施する必要がある。

そこで、教育機能を大きく分けて考えることができる。

表2 教育領域と担い手

教育領域

主な担い手

教育の方向性

基本業務・医療安全

薬局内部

標準化、反復、到達度確認

実務応用・業務改善

薬局内部を中心に外部も活用

OJT、症例検討、振り返り

高度な専門性・指導力

病院研修、外部研修機関、専門家等

専門研修、実践交流、指導者育成

出典:筆者作成

外部教育と内部教育は、どちらか一方を選ぶものではない。

外部で得た知識や専門性を、薬局内部で実践・共有し、組織全体の能力向上につなげる関係が重要になる。

また、標準化は薬剤師の専門性を否定するものではない。

基本業務を安定して遂行できるようにすることで、薬剤師が高度な判断や患者との対話に時間を使いやすくなる。

AxDxも、この基礎教育を支える手段の一つになり得る。

ただし、AIが提示した内容の正確性や適切性は確認が必要であり、患者に関する判断責任をAIへ移すことはできない。

6.研修の成果を「受講数」だけで測らない

教育を経営戦略として位置づけるためには、教育の成果を確認する必要がある。

従来の研修管理では、参加人数、受講時間、取得単位数、修了率などが指標になりやすい。

これらは教育機会が提供されたかを把握するために有用である。

しかし、それだけでは薬剤師の実務能力が向上したかどうかは分からない。

研修評価の代表的な枠組みであるカークパトリックモデルは、「反応・学習・行動・結果」の4段階で評価する。本記事では、この考え方を参考にしながら、薬局の教育管理に使いやすいよう独自に5段階へ再構成した。

表3 教育成果の5段階評価

評価段階

確認する内容

受講

教育機会を得たか

理解

知識や判断基準を理解したか

実践

学んだ内容を実務で使えるか

業務成果

医療安全、業務品質、連携などに変化があったか

組織成果

能力が継承され、組織全体の力になったか

出典:カークパトリックモデルを参考に筆者作成。原モデルの4段階と一対一に対応するものではない。

例えば、服薬指導研修を実施した場合、受講者数だけでなく、模擬症例への対応、実際の業務における行動、指導内容の質などを確認することが考えられる。

さらに、教育の効果を検証する際には、業務環境、患者構成、制度変更などの影響も考慮する必要がある。

研修後に業務成果が改善したとしても、そのすべてを研修の効果と断定することはできない。

それでも、受講実績だけにとどまらず、行動変容と組織成果を確認する姿勢は、教育投資の質を高めるうえで欠かせない。

7.学んだ薬剤師が「報われる仕組み」をつくる

教育を経営戦略にするためには、学習機会の提供だけでなく、学んだ成果が適切に評価される仕組みが必要である。

薬剤師が新しい能力を習得しても、業務上の役割が変わらず、負担だけが増えるのであれば、継続的な学習意欲を維持することは難しい。

例えば、在宅医療の研修を受けた薬剤師には、習熟度に応じて在宅業務を担う機会を提供する。後輩の教育に貢献した薬剤師には、その指導活動を人事評価やキャリア形成に反映する。

ただし、研修を受けたという事実だけで評価するのではない。学んだ内容を実務で活かし、患者対応や業務品質、組織への貢献につなげたことを評価するのである。

そのためには、学習時間の確保、役割の明確化、評価基準の共有、処遇への適切な反映が欠かせない。

教育投資によって成長した薬剤師が転職・退職する可能性は、どの薬局にもある。だからこそ、特定の人材に知識を集中させず、教え合い、標準化し、組織に能力を残す仕組みが必要となる。

教育への投資と、学んだ人材が報われる組織運営は、一体で考えるべき経営課題である。

8.AxDx時代の教育は「知識量」だけでは評価できない

生成AIや医療DXの進展によって、薬剤師が情報を入手する方法は変わりつつある。

薬剤情報の検索、文書の要約、研修資料の作成、症例検討の補助など、AxDxは教育にも活用できる。

しかし、情報を容易に得られることと、その情報を正しく評価できることは異なる。

生成AIがもっともらしい誤答を示した場合、その問題に気づけなければ、むしろ誤った理解を強める可能性がある。

したがって、AxDx時代の教育では、ツールの操作方法に加えて、情報源の確認、臨床的な妥当性の評価、判断根拠の説明が重要になる。

第1部で示したAI利用時の5つの安全行動、**「止まれる・確かめられる・言い換えられる・盛らない・聞ける」**も、教育の共通基盤として重要である。具体的なAI薬歴への応用は、第3部で取り上げる。

特に基礎教育では、AIを活用する以前に、医療安全や薬学的判断の基本を理解していることが前提となる。

一方、基本的なデジタル操作や情報整理については、年齢や経験年数にかかわらず、習熟度に応じた支援が必要になる。

AxDxは、教育の代替手段というより、個々の学習を支え、教育担当者の負担を軽減し、振り返りを促す補助的な基盤として位置づけることが適切である。

9.教育が薬局の持続可能性を左右する

薬局の経営環境が変化するなかで、薬剤師の教育は人事管理だけの問題ではなくなっている。

必要な能力を持つ薬剤師が不足すれば、新しい業務への対応が難しくなる。

教育が個人任せになれば、業務の質や対応能力にばらつきが生じやすい。

特定の薬剤師だけが高度な業務を担当できる組織では、その人材の異動や退職が業務継続上のリスクになる可能性もある。

反対に、基本業務が標準化され、専門能力が適切に育成され、知識が組織内で共有される仕組みがあれば、環境変化への対応力を高めることができる。

教育投資は、短期間で売上増加に直結するとは限らない。

それでも、業務品質、患者対応力、管理者育成、組織の継続性を支えるという意味で、薬局の中長期的な経営基盤を形成する。

2030年に向けて問われるのは、研修制度が充実しているかどうかだけではない。

学習した知識が、現場の判断と行動に変わり、組織の能力として蓄積されているか。

その仕組みを持てるかどうかが、薬局の持続可能性を左右する重要な要因になる。

想定される反論

反論1:教育に投資しても、育った薬剤師が辞めたら投資が無駄になるのではないか。

退職リスクは避けられない。しかし、教育を個人に閉じず、教え合う仕組みや業務標準化によって組織に残すことはできる。また、学習時間の確保、役割、評価・処遇、キャリア形成を整えることは、人材の定着を支える可能性がある。退職リスクがあるからこそ、特定の個人に依存しない教育が必要である。

反論2:全員に同じ研修を受けさせないのは不公平ではないか。

医療安全や法令遵守など、全員に必要な基礎教育は共通して保障すべきである。そのうえで、担当業務や習熟度に応じて教育内容を変えることは、教育機会の不平等とは区別して考える必要がある。

反論3:教える経験が少ない薬剤師に、他者を指導させてよいのか。

説明する経験には学習上の意義があるが、指導内容の正確性を担保する仕組みが必要である。特に臨床判断に関わる内容では、経験豊富な指導者による確認を欠かすことはできない。

反論4:小規模薬局には教育の時間がない。

時間と人員の制約は現実的な課題である。だからこそ、研修時間を増やすことだけでなく、日常業務のなかで学習と振り返りが成立する組織運営を検討する必要がある。

今月やること

  • 自薬局の3年後の経営目標と、必要な教育テーマを対応させる。
  • 全員に共通して必要な基礎能力を書き出す。
  • 直近の研修を1つ選び、学んだ内容が実務で使われたか確認する。
  • 学んだ薬剤師が同僚に説明する機会を1回設ける。
  • 学習・指導の成果を、役割や評価にどう反映するか検討する。

私見|薬剤師教育は「受けるもの」から「実践し、教えるもの」へ

私はこれまで、研修や教育の現場に関わるなかで、座学で知識を得ることと、その知識を実際に使えるようになることは、必ずしも同じではないと感じてきた。

経営者としての経験からも、学習意欲や能力の向上には個人差があると感じている。

特に実感しているのは、自分で体験すること、そして自分自身が講師となって人に教えることの重要性である。

人に教えようとすれば、曖昧な知識のままでは説明できない。相手から質問を受ければ、自分が十分に理解していなかった部分にも気づかされる。

つまり、教えること自体が、自分自身の学習になる。

薬局においても、研修会への参加回数や認定資格の取得だけで教育成果を評価するのではなく、学んだ知識を実践できたか、他の薬剤師に説明できるか、そして薬局全体の業務改善につながったかを重視する必要がある。

また、教育を全員一律に行うことが、必ずしも合理的とは限らない。

基礎的な能力の補強が必要な薬剤師には、標準化された教育と反復実践を提供する。さらに成長できる薬剤師には、新しい業務を経験する機会を提供する。そして、高度な専門性を持つ薬剤師には、専門能力の向上とともに、後進を育成する役割を担ってもらう。

ただし、これは薬剤師を固定的に格付けするものではない。個々の能力や教育上の必要性に応じて、教育方法を変えるという意味である。

私が経営戦略として重視したいのは、教育機会は全員に保障しながら、教育内容と投資配分は一律にしないという考え方である。

高度な専門教育は、病院研修など外部の教育資源を積極的に活用すればよい。一方、基本業務の標準化や日常の学習は、薬局自身が責任を持って作り込むべきだと考える。

そして、学んだ薬剤師が次の薬剤師を教える。

その循環ができれば、教育は特定の担当者だけの仕事ではなく、組織の日常的な活動になる。

ただし、教える役割を担う薬剤師の善意だけに依存してはいけない。学習や指導に必要な時間を確保し、実務で生み出した成果を適切に評価し、役割や処遇に反映することも経営者の責任である。

教育の目的は、知識を与えることではない。

学んだ知識を実践できる人材を育て、その人材がさらに他の人材を育てる組織をつくることである。

私は、これこそが2030年に向けた薬局の教育戦略の基本になると考えている。

おわりに|2030年に必要なのは「学び続ける組織」

薬剤師教育は、個人の努力だけに依存するものではない。

薬局がどのような機能を担い、どのような人材を必要とし、どのような教育環境を整えるかという経営判断が必要である。

座学で知識を学び、体験によって使い、振り返りによって改善し、他者に教えることで組織に広げる。

この循環を持つ薬局は、個人の能力だけでなく、組織としての対応力を育てることができる。

2030年に向けて、薬局に求められる機能はさらに変わっていくだろう。

その変化に対応するために必要なのは、すべての答えを知っている薬剤師を育てることではない。

新しい課題に直面したとき、学び、判断し、実践し、互いに教え合える薬局をつくること。

そして、全員の実務品質を保証する仕組みと、専門人材への戦略的投資を両立させること。

教育戦略とは、そのための経営戦略なのである。

次回予告

第3部
「犬好き薬剤師の悪魔の囁き①|AI薬歴、そのまま信じて大丈夫? ―AxDxのズル活用:手間は省いても、確認は省かない―」(仮題)

AI薬歴を題材に、生成AIが薬剤師の思考と判断に与える影響を考える。

参考資料

  1. 厚生労働省「健康サポート薬局に係る研修実施要綱の一部改正について」(2024年)
    https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc8364&dataType=1&pageNo=1
  2. 厚生労働省「地域連携薬局及び専門医療機関連携薬局の認定基準に関するQ&A」
    https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc5634&dataType=1&pageNo=1
  3. 厚生労働省「令和8年度薬剤師の資質向上等に資する研修事業実施法人の公募について」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000210087_00046.html
  4. Trumble E, Lodge J, Mandrusiak A, Forbes R. (2024). Systematic review of distributed practice and retrieval practice in health professions education. Advances in Health Sciences Education, 29, 689–714.
    https://doi.org/10.1007/s10459-023-10274-3
  5. Dunlosky J, et al. (2013). Improving Students' Learning With Effective Learning Techniques. Psychological Science in the Public Interest.
    https://doi.org/10.1177/1529100612453266
  6. Weinstein Y, et al. (2018). Teaching the science of learning. npj Science of Learning.
    https://doi.org/10.1186/s41235-017-0087-y
  7. Kobayashi K. (2022). The Retrieval Practice Hypothesis in Research on Learning by Teaching: Current Status and Challenges. Frontiers in Psychology, 13, 842668.
    https://doi.org/10.3389/fpsyg.2022.842668
  8. Blume BD, et al. (2010). Transfer of Training: A Meta-Analytic Review. Journal of Management.
    https://doi.org/10.1177/0149206309352880
  9. Kirkpatrick DL. (1994). Evaluating Training Programs: The Four Levels. Berrett-Koehler Publishers.
    書誌情報確認資料:https://www.proquest.com/trade-journals/great-ideas-revisited-revisiting-kirpatrickss/docview/227011695/se-2

👉【note版:2030年、薬局の生存を決めるのは「教育戦略」である ―研修を受ける薬剤師から、実践し、教える薬剤師へ―】

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