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10/20/2026

AxDx時代の薬剤師スキル|第2部 2030年、薬局の生存を決めるのは「教育戦略」である

 AxDx時代の薬剤師スキル|第2部 2030年、薬局の生存を決めるのは「教育戦略」である

― 高度な教育は外へ、土台の教育は内で作り込む ―

30秒で読む要約

2030年に向けて、薬局の持続可能性を左右する重要な経営課題の一つが薬剤師教育である。研修の受講回数を増やすだけでは、実務能力の向上は保証されない。全員に必要な基礎教育を保障しながら、習熟度や役割に応じた教育投資が必要になる。座学に加えて、体験・実践・振り返り・教える機会を組み込むことで、学習を現場の行動につなげる。さらに、学んだ成果が適切に評価され、組織全体へ継承される仕組みが重要である。教育を研修管理ではなく、薬局の経営戦略として捉え直したい。


はじめに|薬剤師教育は、なぜ経営問題なのか

2030年に向けて、薬局経営者が考えなければならない問題の一つが、薬剤師の教育である。

在宅医療、地域連携、医療DX、生成AI、患者の生活背景を踏まえた薬学的判断。薬局に求められる機能が変化するなかで、薬剤師に必要な能力も変わり続けている。

前回の第1部では、2030年に向けて薬剤師に求められる能力を、次の5つに整理した。

  • 薬学的評価・臨床判断力
  • 患者とのコミュニケーション能力
  • 多職種連携・情報共有能力
  • AxDx・情報評価能力
  • 継続学習・職務適応能力

しかし、ここで薬局経営者には別の問題が生じる。

必要な能力が分かったとして、それを誰に、どのように、どこまで教育するのか。

薬剤師全員を高度な専門職に育成することは、現実的なのだろうか。

中小薬局には、教育予算、教育担当者、研修時間に限界がある。日々の調剤業務を維持しながら、すべての薬剤師に同じ教育内容を提供することが、必ずしも最適とは限らない。

教育が経営に直結する理由は、具体的な制度にも表れている。例えば健康サポート薬局では、所定の研修を修了し、薬局薬剤師として5年以上の実務経験を有する薬剤師の常駐が求められる。地域連携薬局や専門医療機関連携薬局についても、認定基準に応じた研修や人員体制が必要となる。在宅医療や地域連携の機能を拡大しようとしても、それを担える薬剤師がいなければ、経営計画を実行できない。

これから必要なのは、研修の数を増やすことではない。

薬局の将来像から逆算し、教育資源をどう配分し、学習をどう実務能力に変え、組織全体の力をどう高めるかという「教育戦略」である。

1.教育の出発点は「何を学ぶか」ではなく「どんな薬局になるか」

一般的な研修計画は、制度改定、新薬、医療安全、在宅医療、DXなどのテーマを並べるところから始まりやすい。

もちろん、必要な知識を更新することは重要である。

しかし、薬局経営の視点では、教育テーマより先に経営上の目的を明確にする必要がある。

例えば、在宅医療を拡大したい薬局であれば、薬剤師に必要なのは在宅医療の知識だけではない。患者の生活状況を把握し、薬学的問題を評価し、医師や訪問看護師などに必要な情報を伝える能力が求められる。

業務効率化を目指す薬局であれば、DXツールの操作方法だけでなく、業務を標準化し、情報を適切に評価し、改善を提案できる能力が重要になる。

管理薬剤師の育成であれば、薬学知識に加えて、品質管理、人材育成、経営数値の理解、問題解決能力が必要になる。

つまり、教育目標は薬局の経営目標と結びついていなければならない。

表1 薬局の経営課題と教育で育てる能力

薬局の経営課題

教育で育てる能力

在宅医療の強化

臨床判断、生活情報の把握、多職種連携

地域の健康支援

健康相談、受診勧奨、地域資源との連携

業務効率化・DX

標準化、情報評価、AI活用、業務改善

医療安全の向上

処方監査、疑義照会、報告・相談

管理薬剤師の育成

人材育成、品質管理、経営判断

出典:筆者作成

教育は経営目標を実現するための手段であり、研修を実施すること自体が目的ではない。

2.薬剤師教育を「全員一律」で考えてよいのか

教育機会の公平性と、教育内容の一律性は同じではない。

すべての薬剤師には、患者の安全を確保し、必要な薬学的業務を適切に遂行するための教育が必要である。

一方、経験、習熟度、得意分野、担当業務、将来の役割は個人によって異なる。

全員に同じ高度研修を受けさせても、業務上の必要性や習熟度によって、その効果は異なる可能性がある。

組織の人材を「2:6:2」に分ける考え方は、いわゆる働きアリの法則として引き合いに出されることがある。

ただし、これは人間の能力分布を示す科学的な法則ではない。

本記事では人数比率として採用するのではなく、教育上の必要性を整理するために、次の3つの状態を考える。

① 高度化・専門化の段階

基本的な実務能力を備え、さらに高度な臨床能力や専門性、組織を牽引する能力を伸ばす段階である。

専門研修、症例研究、病院研修、外部の専門家との交流、指導者としての経験などが教育の中心となる。

② 実務能力の発展段階

基本業務を遂行できる一方、判断の深さ、問題発見力、多職種連携などをさらに高める余地がある段階である。

症例検討、OJT、業務改善活動、実践を通じた学習が重要になる。

③ 基礎能力の補強段階

特定の業務や新しい技術について、基本的な知識、操作、判断手順を補強する必要がある段階である。

標準化された教材、反復練習、具体的なフィードバック、AxDxによる学習支援などが役立つ。

この3類型は、人間そのものの優劣を決めるものではない。

同じ薬剤師でも、服薬指導では高度な能力を持ち、生成AIの利用では初学者ということがある。経験年数や年齢だけで能力を判断することも適切ではない。

大切なのは、人を固定的に分類することではなく、能力や業務ごとに教育方法を変えることである。

3.座学だけでは「使える能力」にならない

「弁当付き勉強会で、薬剤師は育つのか?」

これは、メーカー主催の勉強会そのものを否定する問いではない。問題は、研修を受講したことと、実務能力が向上したことを同じものとして扱っていないか、という点である。

薬剤師の教育には、講義、学会、eラーニング、認定研修など、多様な学習機会が存在する。

これらは知識の習得や更新に重要な役割を果たしている。

しかし、講義を受けて内容を理解したことと、実際の患者に対して適切に判断できることは同じではない。

例えば、ポリファーマシーに関する研修を受講した薬剤師が、複数の薬剤を服用する高齢患者に対応する場面を考えてみたい。

研修内容を記憶しているだけでは十分ではない。

患者の症状、服薬状況、生活環境、検査値、処方意図などを整理し、優先すべき問題を判断し、必要に応じて医師と協議する能力が求められる。

学習科学では、知識を思い出す練習(想起練習)、時間をあけた反復(分散学習)、具体的なフィードバックなどが、学習の定着を支える方法として研究されている。

医療専門職教育を対象としたTrumbleらのシステマティックレビューでは、56研究・63実験のうち43実験で、分散学習や想起練習による有意な効果が認められた。

ただし、これらは主に学習成果を対象とした研究であり、薬局の医療安全や経営成果への直接的な効果を証明したものではない。

重要なのは、座学を否定することではない。

座学によって基礎知識や判断基準を学び、その知識を症例で使い、実務で試し、振り返りによって修正することである。

なお、「講義では5%、他者に教えると90%記憶に残る」といったラーニングピラミッドの数値には、信頼できる実証的根拠がない。

教育方法を評価する際には、こうした数値をそのまま採用するのではなく、学習内容、目的、評価方法に応じて効果を判断する必要がある。

4.「人に教えること」を教育戦略に組み込む

教育の方法を考えるうえで、もう一つ注目したいのが、学んだ内容を他者に説明する機会である。

人に教えるためには、知識を整理し、相手に分かる言葉で説明し、質問に答える必要がある。

その過程で、自分自身の理解が曖昧な部分に気づくこともある。

他者に教えることによる学習効果については、Kobayashi(2022)などの研究で、想起練習との関係を含めた検討が行われている。

これは高度な専門家だけに当てはまる話ではない。

例えば、新しい電子お薬手帳の操作を覚えた薬剤師が、別の薬剤師に操作方法を説明する。症例検討で学んだ内容を、翌週の店舗ミーティングで紹介する。

こうした活動も、学習を深める機会となる。

薬局では、教育を担当する薬剤師だけが教える仕組みではなく、学んだ人が次に他者へ説明する機会を持つことが考えられる。

ただし、教える内容の正確性を確保するため、指導者による確認やフィードバックは必要である。

また、他者に教えることが、すべての学習内容において最も効果的だと断定することもできない。

それでも、学習者が受け身で知識を受け取るだけでなく、自ら説明し、質問に答え、理解を確認する仕組みには、教育上の意義がある。

薬局の教育を個人の学習で終わらせず、組織の知識共有につなげるという点でも重要である。

5.高度な教育は外部へ、基礎教育は薬局内で標準化する

中小薬局では、限られた人員で幅広い教育を実施しなければならない。

高度な専門研修をすべて自前で提供することは、教育担当者の確保や教材の更新などの面で負担が大きい。

一方、日常業務に直結する基本教育は、薬局ごとの業務手順や設備、患者層に応じて継続的に実施する必要がある。

そこで、教育機能を大きく分けて考えることができる。

表2 教育領域と担い手

教育領域

主な担い手

教育の方向性

基本業務・医療安全

薬局内部

標準化、反復、到達度確認

実務応用・業務改善

薬局内部を中心に外部も活用

OJT、症例検討、振り返り

高度な専門性・指導力

病院研修、外部研修機関、専門家等

専門研修、実践交流、指導者育成

出典:筆者作成

外部教育と内部教育は、どちらか一方を選ぶものではない。

外部で得た知識や専門性を、薬局内部で実践・共有し、組織全体の能力向上につなげる関係が重要になる。

また、標準化は薬剤師の専門性を否定するものではない。

基本業務を安定して遂行できるようにすることで、薬剤師が高度な判断や患者との対話に時間を使いやすくなる。

AxDxも、この基礎教育を支える手段の一つになり得る。

ただし、AIが提示した内容の正確性や適切性は確認が必要であり、患者に関する判断責任をAIへ移すことはできない。

6.研修の成果を「受講数」だけで測らない

教育を経営戦略として位置づけるためには、教育の成果を確認する必要がある。

従来の研修管理では、参加人数、受講時間、取得単位数、修了率などが指標になりやすい。

これらは教育機会が提供されたかを把握するために有用である。

しかし、それだけでは薬剤師の実務能力が向上したかどうかは分からない。

研修評価の代表的な枠組みであるカークパトリックモデルは、「反応・学習・行動・結果」の4段階で評価する。本記事では、この考え方を参考にしながら、薬局の教育管理に使いやすいよう独自に5段階へ再構成した。

表3 教育成果の5段階評価

評価段階

確認する内容

受講

教育機会を得たか

理解

知識や判断基準を理解したか

実践

学んだ内容を実務で使えるか

業務成果

医療安全、業務品質、連携などに変化があったか

組織成果

能力が継承され、組織全体の力になったか

出典:カークパトリックモデルを参考に筆者作成。原モデルの4段階と一対一に対応するものではない。

例えば、服薬指導研修を実施した場合、受講者数だけでなく、模擬症例への対応、実際の業務における行動、指導内容の質などを確認することが考えられる。

さらに、教育の効果を検証する際には、業務環境、患者構成、制度変更などの影響も考慮する必要がある。

研修後に業務成果が改善したとしても、そのすべてを研修の効果と断定することはできない。

それでも、受講実績だけにとどまらず、行動変容と組織成果を確認する姿勢は、教育投資の質を高めるうえで欠かせない。

7.学んだ薬剤師が「報われる仕組み」をつくる

教育を経営戦略にするためには、学習機会の提供だけでなく、学んだ成果が適切に評価される仕組みが必要である。

薬剤師が新しい能力を習得しても、業務上の役割が変わらず、負担だけが増えるのであれば、継続的な学習意欲を維持することは難しい。

例えば、在宅医療の研修を受けた薬剤師には、習熟度に応じて在宅業務を担う機会を提供する。後輩の教育に貢献した薬剤師には、その指導活動を人事評価やキャリア形成に反映する。

ただし、研修を受けたという事実だけで評価するのではない。学んだ内容を実務で活かし、患者対応や業務品質、組織への貢献につなげたことを評価するのである。

そのためには、学習時間の確保、役割の明確化、評価基準の共有、処遇への適切な反映が欠かせない。

教育投資によって成長した薬剤師が転職・退職する可能性は、どの薬局にもある。だからこそ、特定の人材に知識を集中させず、教え合い、標準化し、組織に能力を残す仕組みが必要となる。

教育への投資と、学んだ人材が報われる組織運営は、一体で考えるべき経営課題である。

8.AxDx時代の教育は「知識量」だけでは評価できない

生成AIや医療DXの進展によって、薬剤師が情報を入手する方法は変わりつつある。

薬剤情報の検索、文書の要約、研修資料の作成、症例検討の補助など、AxDxは教育にも活用できる。

しかし、情報を容易に得られることと、その情報を正しく評価できることは異なる。

生成AIがもっともらしい誤答を示した場合、その問題に気づけなければ、むしろ誤った理解を強める可能性がある。

したがって、AxDx時代の教育では、ツールの操作方法に加えて、情報源の確認、臨床的な妥当性の評価、判断根拠の説明が重要になる。

第1部で示したAI利用時の5つの安全行動、**「止まれる・確かめられる・言い換えられる・盛らない・聞ける」**も、教育の共通基盤として重要である。具体的なAI薬歴への応用は、第3部で取り上げる。

特に基礎教育では、AIを活用する以前に、医療安全や薬学的判断の基本を理解していることが前提となる。

一方、基本的なデジタル操作や情報整理については、年齢や経験年数にかかわらず、習熟度に応じた支援が必要になる。

AxDxは、教育の代替手段というより、個々の学習を支え、教育担当者の負担を軽減し、振り返りを促す補助的な基盤として位置づけることが適切である。

9.教育が薬局の持続可能性を左右する

薬局の経営環境が変化するなかで、薬剤師の教育は人事管理だけの問題ではなくなっている。

必要な能力を持つ薬剤師が不足すれば、新しい業務への対応が難しくなる。

教育が個人任せになれば、業務の質や対応能力にばらつきが生じやすい。

特定の薬剤師だけが高度な業務を担当できる組織では、その人材の異動や退職が業務継続上のリスクになる可能性もある。

反対に、基本業務が標準化され、専門能力が適切に育成され、知識が組織内で共有される仕組みがあれば、環境変化への対応力を高めることができる。

教育投資は、短期間で売上増加に直結するとは限らない。

それでも、業務品質、患者対応力、管理者育成、組織の継続性を支えるという意味で、薬局の中長期的な経営基盤を形成する。

2030年に向けて問われるのは、研修制度が充実しているかどうかだけではない。

学習した知識が、現場の判断と行動に変わり、組織の能力として蓄積されているか。

その仕組みを持てるかどうかが、薬局の持続可能性を左右する重要な要因になる。

想定される反論

反論1:教育に投資しても、育った薬剤師が辞めたら投資が無駄になるのではないか。

退職リスクは避けられない。しかし、教育を個人に閉じず、教え合う仕組みや業務標準化によって組織に残すことはできる。また、学習時間の確保、役割、評価・処遇、キャリア形成を整えることは、人材の定着を支える可能性がある。退職リスクがあるからこそ、特定の個人に依存しない教育が必要である。

反論2:全員に同じ研修を受けさせないのは不公平ではないか。

医療安全や法令遵守など、全員に必要な基礎教育は共通して保障すべきである。そのうえで、担当業務や習熟度に応じて教育内容を変えることは、教育機会の不平等とは区別して考える必要がある。

反論3:教える経験が少ない薬剤師に、他者を指導させてよいのか。

説明する経験には学習上の意義があるが、指導内容の正確性を担保する仕組みが必要である。特に臨床判断に関わる内容では、経験豊富な指導者による確認を欠かすことはできない。

反論4:小規模薬局には教育の時間がない。

時間と人員の制約は現実的な課題である。だからこそ、研修時間を増やすことだけでなく、日常業務のなかで学習と振り返りが成立する組織運営を検討する必要がある。

今月やること

  • 自薬局の3年後の経営目標と、必要な教育テーマを対応させる。
  • 全員に共通して必要な基礎能力を書き出す。
  • 直近の研修を1つ選び、学んだ内容が実務で使われたか確認する。
  • 学んだ薬剤師が同僚に説明する機会を1回設ける。
  • 学習・指導の成果を、役割や評価にどう反映するか検討する。

私見|薬剤師教育は「受けるもの」から「実践し、教えるもの」へ

私はこれまで、研修や教育の現場に関わるなかで、座学で知識を得ることと、その知識を実際に使えるようになることは、必ずしも同じではないと感じてきた。

経営者としての経験からも、学習意欲や能力の向上には個人差があると感じている。

特に実感しているのは、自分で体験すること、そして自分自身が講師となって人に教えることの重要性である。

人に教えようとすれば、曖昧な知識のままでは説明できない。相手から質問を受ければ、自分が十分に理解していなかった部分にも気づかされる。

つまり、教えること自体が、自分自身の学習になる。

薬局においても、研修会への参加回数や認定資格の取得だけで教育成果を評価するのではなく、学んだ知識を実践できたか、他の薬剤師に説明できるか、そして薬局全体の業務改善につながったかを重視する必要がある。

また、教育を全員一律に行うことが、必ずしも合理的とは限らない。

基礎的な能力の補強が必要な薬剤師には、標準化された教育と反復実践を提供する。さらに成長できる薬剤師には、新しい業務を経験する機会を提供する。そして、高度な専門性を持つ薬剤師には、専門能力の向上とともに、後進を育成する役割を担ってもらう。

ただし、これは薬剤師を固定的に格付けするものではない。個々の能力や教育上の必要性に応じて、教育方法を変えるという意味である。

私が経営戦略として重視したいのは、教育機会は全員に保障しながら、教育内容と投資配分は一律にしないという考え方である。

高度な専門教育は、病院研修など外部の教育資源を積極的に活用すればよい。一方、基本業務の標準化や日常の学習は、薬局自身が責任を持って作り込むべきだと考える。

そして、学んだ薬剤師が次の薬剤師を教える。

その循環ができれば、教育は特定の担当者だけの仕事ではなく、組織の日常的な活動になる。

ただし、教える役割を担う薬剤師の善意だけに依存してはいけない。学習や指導に必要な時間を確保し、実務で生み出した成果を適切に評価し、役割や処遇に反映することも経営者の責任である。

教育の目的は、知識を与えることではない。

学んだ知識を実践できる人材を育て、その人材がさらに他の人材を育てる組織をつくることである。

私は、これこそが2030年に向けた薬局の教育戦略の基本になると考えている。

おわりに|2030年に必要なのは「学び続ける組織」

薬剤師教育は、個人の努力だけに依存するものではない。

薬局がどのような機能を担い、どのような人材を必要とし、どのような教育環境を整えるかという経営判断が必要である。

座学で知識を学び、体験によって使い、振り返りによって改善し、他者に教えることで組織に広げる。

この循環を持つ薬局は、個人の能力だけでなく、組織としての対応力を育てることができる。

2030年に向けて、薬局に求められる機能はさらに変わっていくだろう。

その変化に対応するために必要なのは、すべての答えを知っている薬剤師を育てることではない。

新しい課題に直面したとき、学び、判断し、実践し、互いに教え合える薬局をつくること。

そして、全員の実務品質を保証する仕組みと、専門人材への戦略的投資を両立させること。

教育戦略とは、そのための経営戦略なのである。

次回予告

第3部
「犬好き薬剤師の悪魔の囁き①|AI薬歴、そのまま信じて大丈夫? ―AxDxのズル活用:手間は省いても、確認は省かない―」(仮題)

AI薬歴を題材に、生成AIが薬剤師の思考と判断に与える影響を考える。

参考資料

  1. 厚生労働省「健康サポート薬局に係る研修実施要綱の一部改正について」(2024年)
    https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc8364&dataType=1&pageNo=1
  2. 厚生労働省「地域連携薬局及び専門医療機関連携薬局の認定基準に関するQ&A」
    https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc5634&dataType=1&pageNo=1
  3. 厚生労働省「令和8年度薬剤師の資質向上等に資する研修事業実施法人の公募について」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000210087_00046.html
  4. Trumble E, Lodge J, Mandrusiak A, Forbes R. (2024). Systematic review of distributed practice and retrieval practice in health professions education. Advances in Health Sciences Education, 29, 689–714.
    https://doi.org/10.1007/s10459-023-10274-3
  5. Dunlosky J, et al. (2013). Improving Students' Learning With Effective Learning Techniques. Psychological Science in the Public Interest.
    https://doi.org/10.1177/1529100612453266
  6. Weinstein Y, et al. (2018). Teaching the science of learning. npj Science of Learning.
    https://doi.org/10.1186/s41235-017-0087-y
  7. Kobayashi K. (2022). The Retrieval Practice Hypothesis in Research on Learning by Teaching: Current Status and Challenges. Frontiers in Psychology, 13, 842668.
    https://doi.org/10.3389/fpsyg.2022.842668
  8. Blume BD, et al. (2010). Transfer of Training: A Meta-Analytic Review. Journal of Management.
    https://doi.org/10.1177/0149206309352880
  9. Kirkpatrick DL. (1994). Evaluating Training Programs: The Four Levels. Berrett-Koehler Publishers.
    書誌情報確認資料:https://www.proquest.com/trade-journals/great-ideas-revisited-revisiting-kirpatrickss/docview/227011695/se-2

👉【note版:2030年、薬局の生存を決めるのは「教育戦略」である ―研修を受ける薬剤師から、実践し、教える薬剤師へ―】

10/19/2026

AxDx時代の薬剤師スキル|第1部 2030年、薬剤師に求められる力はどう変わるのか?

 2030年、薬剤師に求められる力はどう変わるのか?

― FIPの職能モデルと日本の医療政策から考える ―

AxDx時代の薬剤師スキル|第1部

30秒で読む要約

2030年に薬剤師に求められるのは、単なる知識量ではない。

日本の医療政策は、継続的な薬学的管理と地域医療への参画を重視している。FIPの職能モデルも、薬剤師を意思決定、患者ケア、教育などを担う専門職として捉えている。

生成AIは情報整理や記録作成を支援できるが、患者の状態を評価し、必要な判断を行う責任まで引き受けるわけではない。

今後重要になるのは、薬学的評価、患者との対話、多職種連携、AxDx、継続学習という5つの実践能力である。

そして薬局経営には、専門性の高度化と、全員が安全に実務を遂行できる教育体制の両立が問われる。

 

はじめに|AIが薬を説明する時代、薬剤師の価値はどこにあるのか

2030年まで、あと3年余り。

政府の医療DX推進本部の工程表(2023年6月)も、2030年には概ね全ての医療機関で電子カルテの導入を目指すとしている。

生成AIに医薬品の名前を入力すれば、効能、副作用、相互作用、服薬上の注意点などが、短時間で整理されるようになった。

電子処方箋、電子薬歴、オンライン服薬指導など、薬局のデジタル化も進みつつある。

一方、薬剤師には、患者の生活背景を踏まえた服薬支援、在宅医療、多職種連携、継続的な薬学的管理など、従来以上に幅広い役割が期待されている。

ここで、一つの疑問が生まれる。

「医薬品の情報をAIが整理できる時代に、薬剤師は何によって専門性を発揮するのだろうか?」

新しい医薬品の知識を持っていることだろうか。専門薬剤師の資格を取得することだろうか。それとも、AIやデジタル技術を使いこなすことだろうか。

いずれも重要である。しかし、それだけで将来の薬剤師像を説明することは難しい。

本記事では、国際薬剤師・薬学連合(FIP)の職能モデル、日本の医療政策、卒後教育、そして生成AIの研究動向を手がかりに、2030年に求められる薬剤師の能力を考察する。

なお、本連載では、AIによる変革を意味するAX(AI Transformation)と、デジタル技術による変革を意味するDX(Digital Transformation)を合わせ、便宜的に「AxDx」と表現する。

これは公的に統一された用語ではなく、本連載における分析上の呼称である。

1.日本の医療政策は、薬剤師をどこへ向かわせているのか

「対物から対人へ」の本当の意味

日本の薬局政策における重要な転換点の一つが、2015年に厚生労働省が公表した「患者のための薬局ビジョン」である。

この政策では、服薬情報の一元的・継続的把握、24時間対応・在宅対応、医療機関との連携などが重視された。

さらに2019年の薬機法改正(2020年9月施行)では、調剤後の継続的な服薬状況の把握や必要な指導など、薬剤師が担う役割が制度上も明確になった。

また、2021年8月には、地域連携薬局と専門医療機関連携薬局の認定制度が始まった。

2022年7月の「薬局薬剤師の業務及び薬局の機能に関するワーキング・グループ とりまとめ」でも、地域医療における薬剤師の役割拡大が議論されている。

これらの政策に共通する方向性は、薬剤師の役割を、処方箋に基づく医薬品の交付だけで完結させないことである。

ただし、「対物から対人へ」という言葉には注意が必要である。

調剤の正確性、医薬品の品質管理、安定供給といった対物業務が不要になるわけではない。

むしろ、これらの安全性を維持することを前提に、患者への薬学的介入を充実させることが求められている。

例えば、処方箋に記載された医薬品を正確に調剤することは基本である。

しかし、それだけでは、患者が実際に服用できているか、副作用が生じていないか、治療上の問題を抱えていないかまでは把握できない。

患者の状態を継続的に確認し、必要に応じて医師や他職種へ情報提供する。

こうした行動が、今後の薬剤師の専門性を考えるうえで重要になる。

2.世界が考える薬剤師像|FIPの職能モデル

セブンスター・ファーマシスト

薬剤師の将来像を考える際、参考になるのがWHOが1997年に提唱し、その後FIPとともに発展させてきた「セブンスター・ファーマシスト」という考え方である。

このモデルは、薬剤師を単なる医薬品の専門家ではなく、患者ケア、意思決定、コミュニケーション、教育など、多面的な役割を担う医療専門職として捉えている。

代表的な7つの役割は、次のとおりである。

役割

求められる能力

ケア提供者

患者の健康と生活を中心に考える

意思決定者

情報と根拠に基づいて判断する

コミュニケーター

患者や医療者と適切に意思疎通する

リーダー

チームや業務改善を牽引する

マネジャー

人材・情報・医薬品などを管理する

生涯学習者

継続的に知識と能力を更新する

教育者

患者、後進、多職種の学習を支援する

2006年のWHO・FIPハンドブック『Developing pharmacy practice』で研究者が加わり、「エイトスター」と呼ばれることもある。

ここでいう研究者とは、必ずしも大学などで基礎研究を行う人だけを意味しない。

医薬品の使用結果を科学的に評価し、実務上の課題を検証し、よりよい医療に結び付ける姿勢も重要になる。

FIPのGlobal Competency Framework

FIPは、薬剤師の能力を体系的に整理するGlobal Competency Framework(GbCF)も提示している。

GbCF第2版(2020年)は、「基礎〜キャリア初期の薬剤師」の能力開発を対象とする枠組みである。副題は「Supporting the development of foundation and early career pharmacists」である。

これはセブンスターとは異なり、薬剤師の能力開発や教育の基盤となる枠組みである。

両者から読み取れるのは、薬剤師の専門性を、資格や経験年数だけで評価することには限界があるという点である。

薬剤師として20年の経験があっても、在宅医療や多職種連携の経験が少ない場合がある。

一方、経験年数が短くても、患者情報の収集や臨床判断、デジタル技術の活用に優れた薬剤師もいる。

これから重要になるのは、「何年経験したか」だけでなく、「患者のために何ができるか」という視点である。

このようにキャリア初期から実践能力を育成する考え方は、次に取り上げる卒後臨床研修ともつながっている。

3.卒後臨床研修と生涯学習|薬剤師免許は能力の完成ではない

薬学教育6年制の先にある課題

日本では2006年度から薬学教育6年制が導入された。

しかし、大学で薬学を学び、国家試験に合格することと、臨床現場で適切な判断を継続的に行えることは同じではない。

厚生労働省が2021年に公表した「薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会とりまとめ」では、薬剤師の役割の変化を踏まえた資質向上や、卒後臨床研修の重要性が議論されている。

例えば、病院では検査値や治療経過を踏まえた薬物療法の評価が求められる。

一方、薬局では、患者が自宅で実際に薬を服用できているか、生活上の問題が生じていないかなど、医療機関とは異なる情報を把握できる。

病院と薬局の経験は、優劣ではなく補完関係にある。

こうした多様な臨床経験を通じて、知識を実践能力へと転換することが重要になる。

2026年のJPALS制度改正が示すもの

生涯学習制度にも変化が見られる。

日本薬剤師会は、2026年4月1日からJPALS認定薬剤師制度を改正した。

改正では、クリニカルラダー(CL)のレベル表示を廃止して「JPALS認定薬剤師」「JPALS認定薬剤師(アドバンスト)」に整理するとともに、実践記録では「学習が実践活用できた例」などの入力が必須となった。なお、CLレベル表示の廃止は2027年4月1日で、それまでの移行期間が設けられている。

「学習が実践活用できた例」の入力必須化は、学んだことを実務でどう活かしたかを確認する仕組みにつながる。

この改正は、学習と実務の関係を考えるうえで示唆的である。

研修を受講し、知識を得ることは重要である。

しかし、学習した内容が実際の患者対応や薬学的判断に反映されなければ、その成果を十分に評価することは難しい。

もっとも、制度改正そのものが薬剤師の能力向上を証明したわけではない。

重要なのは、「何を学んだか」だけでなく、「学んだことを実務でどう活かしたか」を問う視点である。

4.専門薬剤師・研究・治験という職能の広がり

医療の高度化に伴い、薬剤師に求められる専門知識も複雑になっている。

がん薬物療法、感染制御、緩和医療、精神科領域などでは、専門的な教育や臨床経験が重要である。

さらに、バイオ医薬品、バイオシミラー、個別化医療、新しい治療技術の発展は、薬剤師の学習領域を広げている。

一方、専門資格を取得すること自体が、患者への価値を保証するわけではない。

専門性が実務で活用され、治療の質や医療安全の向上に結び付くことが重要である。

また、薬剤師の職能を考えるうえでは、臨床研究や治験に関連する業務も無視できない。

薬局薬剤師が、医薬品の適正使用に関する調査や、制度に適合した研究協力、治験実施医療機関との連携などに関わる可能性も考えられる。

ただし、治験にはGCPをはじめとする法令・指針、倫理審査、個人情報保護、実施体制などの要件がある。

薬局が自由に治験を実施したり、患者情報を研究目的で利用したりできるわけではない。

ここで重要なのは、すべての薬剤師が研究者や高度専門薬剤師になる必要はないということである。

薬剤師の職能が多様化するほど、担当する役割に応じた能力開発が必要になる。

これは、将来の薬局経営における人材育成のあり方にも関わる問題である。

5.AxDxは薬剤師の仕事をどう変えるのか

AIは情報処理を支援する。しかし、判断の責任は残る

生成AIは、医薬品情報の整理、文書作成、記録の下書き、患者向け説明資料の作成などに活用できる。

これらの技術は、薬剤師が情報を扱う方法を変える可能性がある。

しかし、ここで区別すべきことがある。

情報処理の効率化と、薬学的判断能力の向上は同じではない。

AIが処方薬の注意点を正確に整理したとしても、その内容が目の前の患者に適切かどうかは別の問題である。

腎機能、肝機能、併用薬、アレルギー歴、服薬状況、生活背景などを踏まえた評価が必要になる。

さらに、AIが生成した文章には、誤りや未確認の情報が含まれる可能性がある。

そのため、AIの回答をそのまま患者説明や薬歴に転記することは適切ではない。

2026年の研究|AIによって薬剤師の記録時間は短縮するのか

2026年に発表されたStewartらの研究は、薬剤師のAI活用を考えるうえで興味深い。

米国の連邦認定ヘルスセンター(FQHC)で勤務する外来臨床薬剤師を対象に、診療中の会話などから記録の下書きを生成するAIツールの導入前後を比較した研究である。

AI使用者9人では、1日当たりの記録時間の中央値が次のように変化した。

記録時間の中央値

導入前

38.5分

導入後

26.5分

変化

約31%減少

後ろ向き観察研究であり、導入前後各2か月の比較である。記録時間の変化は統計学的に有意であった(p=0.04)。

非使用者群とも比較されており、1.0FTEあたりの月間受診件数はAI使用者で約33件、非使用者で約17件増えたが、いずれも統計学的に有意ではなかった。

この研究は、AIが薬剤師の記録業務を効率化する可能性を示している。

ただし、対象者数は少なく、米国の特定施設での後ろ向き観察研究である。日本の保険薬局でも同じ改善率が得られるとは限らない。

また、記録時間の短縮は、薬剤師の臨床判断能力や患者の治療成果が向上したことを意味しない。

AIによって生まれた時間を、患者への薬学的介入に活用できるかどうか。そこに、薬局業務の変革を考える重要な論点がある。

AI活用に必要な5つの安全行動

AxDx時代の薬剤師には、AIを操作する能力だけでなく、安全に利用するための基本行動が必要になる。

本連載では、それを次の5つに整理する。

安全行動

実務上の意味

止まれる

禁忌、用量、相互作用などのリスクに気づく

確かめられる

AIの回答を信頼できる情報源や患者情報と照合する

言い換えられる

患者の理解度に合わせて説明する

盛らない(事実を誇張・創作しない)

確認していない情報や実施していない指導を記録しない

聞ける

判断が難しいときに相談・疑義照会・連携する

これは公的な能力基準ではなく、本連載で提案するAI利用時の基本行動である。

実際の医療安全を保証するには、これらに加えて業務手順、人的確認、適切なシステム管理、継続的な能力評価が必要になる。

また、患者情報をAIに入力する際には、個人情報保護や医療情報の安全管理、所属施設の規程に従う必要がある。

AIは薬剤師の判断を代行する道具ではない。

必要な情報を整理し、薬剤師が判断すべき問題に集中するための支援基盤として位置づけることが重要である。

6.2030年に求められる5つの実践能力

これまでの政策、FIPの職能モデル、臨床教育、AxDxの研究動向を踏まえると、2030年に重要性が高まる薬剤師の能力は、次の5つに整理できる。

① 薬学的評価・臨床判断力

患者情報と医薬品情報を統合し、薬物療法の妥当性やリスクを評価する能力である。

例えば、腎機能が低下している高齢患者に対し、用量の妥当性、併用薬、治療目的などを確認する。

単に添付文書を検索できるだけでなく、得られた情報を患者の状態に照らして判断することが重要になる。

② 患者とのコミュニケーション能力

患者の生活背景や価値観を理解し、適切な服薬行動につなげる能力である。

同じ医薬品であっても、患者の生活環境や理解度によって、必要な説明や支援は異なる。

正確に説明するだけでなく、患者が理解し、実際に行動できることが重要になる。

③ 多職種連携・情報共有能力

医師、看護師、ケアマネジャー、介護職などと必要な情報を共有し、患者の治療と生活を支える能力である。

薬剤師が得た情報を、他職種が活用できる形で伝えることが求められる。

薬局が情報の中心になること自体が目的ではない。

患者を中心として、それぞれの専門職が必要な情報を適切に共有することが重要である。

④ AxDx・情報評価能力

AIやデジタル技術を適切に利用し、情報の正確性、信頼性、適用可能性を評価する能力である。

AIを使いこなすことと、AIの回答を無条件に信じることは異なる。

また、デジタル操作に不慣れな薬剤師であっても、豊富な臨床経験を持つ場合がある。

年齢による一律の分類ではなく、担当業務や習熟度に応じた能力開発が必要になる。

⑤ 継続学習・職務適応能力

医療技術や制度の変化に応じて、必要な知識と実践能力を更新する能力である。

すべての薬剤師が同じ専門領域を学ぶ必要はない。

しかし、担当する職務に必要な知識を更新し、実務に反映することは、専門職として共通する課題である。

これらの5つは、FIPや厚生労働省が定めた公式分類ではなく、本記事独自の整理である。

また、5つの能力は独立しているわけではない。

例えば、在宅患者の薬物療法を適切に管理するためには、臨床判断、患者との対話、多職種連携、情報評価、継続学習を組み合わせる必要がある。

2030年の薬剤師に求められるのは、個々の知識や技術を、患者のための実践へと統合する能力である。

7.すべての薬剤師を高度専門職にする必要があるのか

ここで、薬局経営者や管理薬剤師にとって重要な問題が生まれる。

将来の薬剤師に多様な能力が必要になるとして、それらをすべての薬剤師が同じ水準で習得しなければならないのだろうか。

高度ながん薬物療法に関わる薬剤師と、地域で日常的な服薬支援を担う薬剤師では、必要な専門能力の深さが異なる。

研究や治験に関わる薬剤師と、在宅医療を中心に活動する薬剤師でも、重点的に学ぶ領域は異なる。

一方で、薬学的安全確認、適切な情報評価、患者への説明、記録の正確性、必要な相談や照会などは、どのような職務でも共通して重要である。

したがって、薬剤師教育には二つの方向性がある。

一つは、専門領域を担う薬剤師の能力を高度化すること。

もう一つは、すべての薬剤師が安全に日常業務を遂行できるよう、基礎的な実践能力を維持・向上させることである。

この二つは、どちらか一方を選ぶ問題ではない。

専門性を高度化することと、安全な実務の土台を確保することは、両立させるべき課題である。

特に中小薬局では、人員、時間、教育費などの制約がある。

そのため、すべての薬剤師に一律の教育を提供するだけでは、必要な能力を十分に育成できない可能性がある。

これは個人の学習意欲だけでは解決できない、組織としての人材育成の問題である。

8.2030年の薬剤師像は、薬局経営に何を問いかけるのか

ここまでの議論を整理すると、薬剤師の専門性は次のように変化すると考えられる。

領域

従来重視されてきた能力

今後重要性が高まる能力

医薬品情報

情報を知っている

情報を評価し、患者に適用する

薬学的管理

処方内容を確認する

患者の状態を継続的に評価する

患者対応

正確に説明する

理解と行動につなげる

多職種連携

必要な情報を伝える

治療・療養上の判断を支援する

デジタル技術

システムを操作する

情報の信頼性を判断し活用する

生涯学習

研修を受講する

学習成果を実務に反映する

これは、従来の能力が不要になることを意味しない。

むしろ、従来の薬学的知識や調剤技術を基盤として、その活用範囲が広がると捉えるべきである。

ここから、薬局経営に関する重要な問いが生まれる。

薬局が患者に提供する価値を高めようとするならば、薬剤師個人の能力向上だけで十分なのだろうか。

優秀な薬剤師が一人いれば、薬局全体の医療の質を維持できるのだろうか。

あるいは、薬剤師が学び続け、学んだことを実務で活かせる組織の仕組みが必要なのだろうか。

2030年に向けた薬剤師の将来像を考えることは、薬局の人材育成や教育投資を考えることでもある。

この問題については、第2部で詳しく検討する。

まとめ|知識の量から、判断と実践の質へ

日本の医療政策は、薬剤師による継続的な薬学的管理と地域医療への参画を重視している。

FIPの職能モデルは、薬剤師を医薬品の知識の保有者だけでなく、意思決定、患者ケア、教育、マネジメントなどを担う専門職として捉えている。

卒後臨床研修や生涯学習制度の議論は、免許取得後も実践能力を継続的に育成する必要性を示している。

さらにAxDxの進展は、薬剤師が情報を収集し、整理し、記録する方法を変えつつある。

しかし、情報処理が容易になることと、適切な臨床判断ができることは同じではない。

むしろ、情報が容易に得られる時代だからこそ、その正確性や患者への適用可能性を判断する能力が重要になる。

2030年の薬剤師の価値は、「どれだけ知っているか」だけではなく、「患者のために何を判断し、何を実行できるか」によって問われる。

そして、その能力をどのように育成するかは、薬剤師個人だけでなく、薬局という組織にも問われる課題である。

今月やること|薬局経営者・管理薬剤師のためのチェックリスト

今月の確認事項

□   自薬局の薬剤師に必要な共通実践能力を確認する

□   薬学的判断や疑義照会など、実務上の教育課題を洗い出す

□   現在の研修が実務で活用されているか確認する

□   AIや電子薬歴の利用時に必要な安全確認を点検する

□   専門性の高度化と全員の基礎教育を分けて考える

 

想定される反論

経営者の反論

「全員に土台を保証する教育コストは誰が払うのか。報酬で評価されない投資は回収できない」

現場の反論

「AIで浮いた時間は、結局人員削減に回されるのではないか」

この問題をどう考えるか

人員削減や経費削減は一時的な手法にすぎない。

浮いた時間を対人業務とその評価に転換し、「利益を生む生産性の高い薬剤師」を育ててこそ、教育投資は回収できる。

ただし、対人業務の充実が自動的に収益につながるわけではない。実際の業務成果と経営上の評価を結び付けることが課題になる。

この点は、第2部で詳しく検討する。

私見|薬剤師の未来を決めるのは、教育戦略ではないか

私は、これからの薬剤師に必要なのは、単に新しい知識を増やすことではなく、薬学的な専門性を患者への具体的な価値に変える能力だと考えている。

一方、薬局経営の現場では、すべての薬剤師が同じように学び、同じように成長するわけではない。

経営者としての経験からも、自ら積極的に学ぶ薬剤師と、日々の業務を優先する薬剤師との間には、学習への姿勢や能力向上の機会に差があると感じてきた。

しかし、学習に積極的な薬剤師だけを育成すればよいとは思わない。

薬剤師が提供する医療の安全性は、個人の学習意欲によって大きく左右されてよいものではないからである。

筆者は約24年前に薬局の経営責任者となり、治験ビジネスへの参入を検討した。しかし、治験ルールの未整備、薬剤師のスキル不足、薬局の情報管理の信頼性の低さから断念した。

現在は、当時と比べて治験に関する制度や医療情報を扱う環境が整備されてきた。しかし、薬局が研究に関わるには、制度に適合した実施体制、薬剤師の専門能力、信頼できる情報管理が今も必要である。

高度な専門性を目指す薬剤師には、学会や病院研修、研究活動などの機会を積極的に提供する。

一方、すべての薬剤師が安全に実務を遂行できるよう、日常業務の標準化や継続的な教育を充実させる。

AxDxは、その両方を支える有力な手段になる可能性がある。

ただし、AIを導入すれば薬剤師の能力が自動的に高まるわけではない。

AIによって生まれた時間を、薬剤師が何に使うのか。

薬剤師の学習成果を、患者への価値にどうつなげるのか。

その仕組みを作ることが、これからの薬局経営者に求められるのではないだろうか。

「専門性の高度化は選択的に投資する。しかし、安全な実務の土台は全員に保証する。」

私は、この考え方こそ、2030年に向けた中小薬局の人材育成に必要な基本姿勢だと考えている。

薬剤師の未来は、制度や技術の変化だけで決まるものではない。

その変化に対応できる人材を、薬局がどのように育てるかによっても、大きく変わっていくはずである。

次回予告|第2部

2030年、薬局の生存を決めるのは「教育戦略」である

―高度な教育は外へ、土台の教育は内で作り込む―

薬剤師の能力差を、経営者はどう考えるべきなのか。

従来の勉強会や研修は、本当に薬剤師の実践能力向上につながっているのか。

そして、限られた教育資源をどこに投資すべきなのか。

第2部では、中小薬局の経営課題として、薬剤師教育のあり方を検討する。


参考資料

1. 厚生労働省「患者のための薬局ビジョン」(2015年10月23日) https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000102179.html

2. 厚生労働省「薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会とりまとめ」(2021年6月30日) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_19562.html

3. 厚生労働省「薬局薬剤師の業務及び薬局の機能に関するワーキング・グループ とりまとめ」(2022年7月)

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_26701.html

4. WHO・FIP(2006)Developing Pharmacy Practice: A Focus on Patient Care https://iris.who.int/bitstream/handle/10665/69399/WHO_PSM_PAR_2006.5_eng.pdf

5. FIP(2020)Global Competency Framework Version 2 https://www.fip.org/file/5127

6. 日本薬剤師会「JPALS認定薬剤師制度改正について」 https://www.nichiyaku.or.jp/yakuzaishi/activities/jpals/system

7. Stewart MP, et al.(2026)Using an Ambient Artificial Intelligence Tool to Document Clinical Pharmacist Patient Encounters: Real-World Evidence From a Federally Qualified Health Center. J Am Coll Clin Pharm. 9(7): e70242. https://doi.org/10.1002/jac5.70242


👉【note版】

薬剤師の退職から考える薬局経営 ──倒産最多と報酬改定の時代に、人材で勝つ構造のつくり方 薬剤師の退職事情 <後編>

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