7/30/2026

供給不安の時代に問われる、薬剤師の"本質"

 供給不安の時代に問われる、薬剤師の"本質"

仕入れる相手を選ぶ「目」と、患者接点で判断する「力」

――世界の薬剤師の潮流から、医薬品供給体制というテーマを捉え直す

「また出荷調整の連絡か」。限定出荷や欠品の報せが届くたび、在庫の確認、代替薬の検討、処方元への照会、患者への説明が日常業務に積み重なる。多くの薬局にとって、供給不安はもはや突発事故ではなく、慢性的な業務環境そのものになった。

こうした状況で語られる対策は、どうしても「どのメーカーから、どう仕入れるか」という調達の話に寄りがちだ。仕入れる相手の"供給対応力"を見極める視点は確かに重要で、価格だけで採用を決めない姿勢は正しい。だが、それだけでは対策の半分にすぎない。そもそも医薬品の需要(need)を生んでいるのは処方であり、不足が起きたときに「切り替えるか、粘るか、そもそも本当に要るのか」を最終的に判断するのは、患者の目の前に立つ薬剤師だからである。

国家資格者薬剤師として突き詰めて考えてみてほしい

医薬品の供給体制は、単なる物流や在庫管理の問題ではなく、薬剤師の専門性の"本質"を映すテーマである。 世界の薬剤師の役割・機能に照らせば、同一薬効への切り替えを提案する力、その処方が患者にとって本当に必須かを見極める判断力、入手ルートとの関係性を平時から築いておく力――こうした患者サイドに立った臨床判断こそが、供給不安対応の核心に置かれるべきだと考える。



世界の薬剤師は、すでに「患者接点での判断」に踏み込んでいる

供給不安に対して、諸外国は「薬剤師の判断で、より柔軟に対応させる」方向へ制度を動かしてきた。いくつか具体例を引きたい。

英国 ― 深刻な不足時に薬剤師が代替薬を渡せる「SSP」。 英国では2019年の法改正(Human Medicines (Amendment) Regulations 2019)により、Serious Shortage Protocol(SSP、深刻な供給不足時のプロトコル)が導入された。保健当局が特定医薬品の深刻な不足を認めた際にプロトコルを発出すると、地域薬局の薬剤師は、処方医に問い合わせて処方を書き換えてもらわなくても、別の規格・剤形、後発品、あるいは治療学的な代替薬、または減量した数量を、プロトコルの範囲内で患者に供給できる。しかもそれは機械的な代替ではなく、「その代替が当該患者にとって妥当か」を薬剤師が専門的判断で見極めることが前提とされている。スコットランドは不足医薬品リストに基づく後発品への切替を、ウェールズは薬剤師が処方医に連絡せずに一定の変更を行える独自の切替方針を、それぞれ運用している。英国王立薬剤師会(RPS)は近年、薬剤師がより広く適切な代替薬を供給できるよう制度改正を求め続けており、超党派の議員グループも2025年に「不足は個別の事象から慢性的・構造的な課題へ移行した」と報告している。

米国 ― 「治療学的インターチェンジ」という長年の実務。 米国では、同じ薬効群の中で別の薬に置き換える「治療学的インターチェンジ(therapeutic interchange)」が、病院の薬事委員会(P&T委員会)を通じた実務として長く根づいている。地域薬局でも、薬剤師と処方医が結ぶ共同薬物治療管理契約(Collaborative Practice Agreement:CPA/CDTM)や州のプロトコルのもとで、薬剤師が薬物治療を調整できる。アーカンソー、アイダホ、ケンタッキーなど複数の州は、施設外の薬剤師にも「処方医へ24時間以内に通知する」といった条件付きで、より広い切替権限を与えている。後発品への置換に至っては、原則すべての州で薬剤師の自動的な裁量として認められている。

カナダ ― 州によっては「処方の書き換え」まで薬剤師の権限。 カナダのアルバータ州では、すべての薬剤師が処方を「アダプト(適合化)」できる。これには用量・剤形・レジメンの変更に加え、治療学的代替や処方の更新までが含まれ、さらに追加処方権限(APA)を取得した薬剤師は、専門領域内であれば独立して薬物治療を開始できる。ブリティッシュコロンビア州は2009年から、薬剤師が処方医の同意なしに処方をアダプトし同一薬効内で代替できる仕組みを運用してきた。連邦レベルでも、2025年の鎮痛薬などの長期不足を背景に、2026年10月から(州が認める範囲で)薬剤師が向精神薬等を治療学的に代替できるよう規則が改正される。ある論説は、カナダには英国のような「危機対応で薬剤師の裁量を一時的に広げる仕組み」が欠けている、と課題を指摘している――裏を返せば、それが世界の標準的な発想になりつつあるということだ。

これらに共通するのは、供給不安という圧力が、薬剤師を「棚から薬を出す人」から「患者にとって最適な治療の継続を判断する専門職」へと押し出しているという事実であり、必要に迫られた進化ある。



日本も同じ道を歩き始めている

日本の薬剤師は、これらの国々より一歩手前の段階にいる。しかし方向は同じだ。

厚生労働省は2024年3月15日の通知で、供給が逼迫した際の変更調剤について「当面の取扱い」を示した。やむを得ない場合には、薬剤料が高くなる変更や一部のグループ外別剤形への変更を認め、タミフルの脱カプセル調製に院内製剤加算を認めるといった、調剤上の工夫まで踏み込んだ。令和8年度改定では一般名処方がバイオ医薬品にも拡大され、入口の段階で銘柄を縛らない処方が広がりつつある。加えて、重複投薬・相互作用等防止加算に代わって調剤時残薬調整加算・薬学的有害事象等防止加算が新設され、「必要な薬を、必要な分だけ」へと調整する薬学的関与が評価されるようになった。プロトコルに基づく薬物治療管理(PBPM)の広がりも、この流れの一部である。

 

第一に、同一薬効への切り替えの提案。 日本の変更調剤は、原則として同一成分内(銘柄・規格・類似別剤形)にとどまる。成分そのものが異なる同一薬効の切替は、疑義照会・処方提案を通じた医師との連携が必要になり、難度は上がる。しかしこれこそ、英国のSSPが認める「治療学的代替」、米国の治療学的インターチェンジ、カナダの治療学的代替が担っている領域である。世界の薬剤師が制度的権限として行使している判断を、日本の薬剤師は医師連携を前提とした専門的提案として積み上げていく――ここに専門性の最前線がある。

第二に、その処方が患者に本当に必須かの判断。 需要そのものを問い直す視点は、どんな在庫戦略よりも本質的な供給対策になる。残薬調整・減薬を通じて「need のない薬を出さない」ことは、供給不安の根っこにある「過剰な需要」を現場で細くしていく行為だ。新設された残薬調整加算は、この判断を制度が後押しし始めた証左といえる。

第三に、入手ルートの関係性強化。 卸やメーカー、そして他薬局・医療機関との分譲ネットワークとの関係を平時から築いておくことは、不足時の"逃げ道"を確保することにほかならない。令和8年度改定では、流通改善ガイドラインの遵守(単品単価交渉の原則、頻回配送・急配依頼の抑制、返品の適正化)が施設基準に組み込まれ、取引の関係性そのものが制度要件となった。

第四に、患者サイドに立った判断力。 上記のいずれも、最後は患者への説明と合意形成に帰着する。切替の妥当性を患者の生活・病態から判断し、納得を得る力がなければ、制度上可能な対応も現場では動かない。英国のSSPが「薬剤師の専門的判断で妥当性を見極める」ことを条件に据えているのは、まさにこの一点の重要性を示している。



制度が「上流」と「下流」を同じ土俵に乗せた

見落としてはならないのは、こうした薬剤師の判断が、令和8年度改定によって収益とも直結した点だ。旧・地域支援体制加算と旧・後発医薬品調剤体制加算を統合した地域支援・医薬品供給対応体制加算(加算1〜5、27/59/67/37/59点)は、後発医薬品の使用割合85%以上を基礎に据えつつ、施設基準に「後発医薬品の品質・安定供給情報を収集・評価して採用を決定する体制」を求めた。

つまり「仕入れる相手の供給対応力を見極める」という上流の運営も、「供給不安時の対応や分譲」という下流の運営も、いまや同一の加算体系で評価される。

供給不安対応の巧拙は、現場負荷にも収益にも、そのまま効く構造になっていることに気付いて欲しい。利益にするために現場思考が変わっているのかが問われているのである。



ただし、薬剤師の判断は「医師の代替」ではない

強調しておきたい。世界のどの制度も、薬剤師の裁量を無条件に広げているわけではない。英国のSSPは保健当局の発出と薬剤師の妥当性判断を条件とし、米国のインターチェンジは薬事委員会や共同契約という枠組みと患者同意・処方医への通知を前提とする。カナダの各州も、患者の同意・記録・モニタリング計画・医師への連絡を求め、向精神薬や治療域の狭い薬などには除外を設けている。処方権を持つ医師が最終権限であることは、いずれの国でも動かない。

日本の変更調剤の柔軟化も、あくまで「やむを得ない場合」の当面措置である。だからこそ、薬剤師に求められるのは"独断で切り替える力"ではなく、医師との連携を前提に、患者にとっての最適解を専門的に判断し、記録と説明で支える力だ。それは対物業務の延長ではなく、対人業務の中核である。



最後に ― 供給不安は、薬剤師が本質へ回帰する試金石

供給の不安定さは、ある意味、小は念のため処方の改善から大は重要供給確保医薬品も含め必要とされる薬物療法の改革でもあり、当面続く前提で考えるほかない。しかし、それを単なる災難として受け身で処理し続けるのか、それとも薬剤師の専門性を発揮する機会として捉え直すのかで、薬局や薬剤師の未来は大きく変わる。

仕入れる相手を見極める・重要供給確保医薬品であるかを見極める「目」と、患者接点で治療の継続を判断する「力」。

この両輪を平時から設計しておくことが、供給不安の時代を生き抜く条件であり、同時に、薬剤師が「対物から対人へ」「need を判断する専門職へ」と進化していくための試金石でもある。

世界の薬剤師はすでにその道を歩いている。日本の薬剤師にとっても、医薬品供給体制というテーマは、専門性の本質を問い直す最良の入口なのだ。



参考資料

  • 厚生労働省「医療用医薬品供給状況報告」「安定確保医薬品/供給確保医薬品」、PMDA「GMP適合性調査結果等の公表」ほか(供給状況・品質情報の公的確認先)
  • 厚生労働省「令和8年度診療報酬改定の概要(調剤)」、保医発0305(令和8年3月5日)=地域支援・医薬品供給対応体制加算の点数・施設基準、流通改善ガイドライン遵守要件
  • 厚生労働省 2024年3月15日通知(医薬品供給逼迫時における変更調剤の当面の取扱い)/令和8年度改定における一般名処方の拡大、調剤時残薬調整加算・薬学的有害事象等防止加算の新設
  • 英国:Community Pharmacy England / NHS Specialist Pharmacy Service「Serious Shortage Protocols (SSPs)」、Human Medicines (Amendment) Regulations 2019、Royal Pharmaceutical Society「Medicines Shortages」政策文書、英国議会 House of Commons Library / APPG on Pharmacy 医薬品不足報告(2025年)
  • 米国:CDC / American Pharmacists Association ほか「Collaborative Practice Agreements」「Therapeutic Interchange」解説、各州の薬剤師業務範囲に関する規定
  • カナダ:Alberta College of Pharmacy「Navigating drug shortages」、Canadian Pharmacists Association「向精神薬の治療学的代替に関する連邦規則改正(2026年10月施行)」、BC / Ontario / Quebec 各州の処方アダプト・治療学的代替に関する規定

7/24/2026

「攻めの予防医療」に、薬局の名前はなかった

 「攻めの予防医療」に、薬局の名前はなかった

── だからこそ、いま一歩を踏み出す

2026年7月21日、骨太の方針2026が閣議決定されました。

「攻めの予防医療と疾病対策」の項に、こう書き込まれています。

地域住民の健康増進に資する薬局機能及び薬剤師の果たす役割の強化

6月30日の原案には、薬剤師に関する記述はありませんでした。日本薬剤師会が最終版まで働きかけを続け、薬剤師議員も動いた。その結果として入った一文です。

骨太方針にこれまで「薬局」「薬剤師」の語が入ったことはあります。医療連携、かかりつけ、対人業務、DX。しかし「薬局機能及び薬剤師の果たす役割の強化」という書きぶりは、おそらく初めてです。

これは、素直に喜んでいい話です。


その2日後に起きたこと

7月23日、厚生労働省が「U.E.N.O.Plan ~攻めの予防医療厚生労働省関係施策~」を公表しました。骨太の「攻めの予防医療」を具体化する実施計画です。栄養・食生活、がん・循環器病等、歯科保健、認知症、リハビリテーション、性差に由来するヘルスケア。この6領域を「直ちに取り組むべき第一弾の重点領域」と位置づけています。

本体、概要、参考資料、見取り図。すべてに目を通してみました。

しかし、「薬局」も「薬剤師」も、一箇所も出てきません。

実施主体として名指しされているのは、自治体、医療保険者、事業主、医師、歯科医師、健診実施機関、医療機関、関係学会、ナショナルセンター。見取り図の「受診勧奨」の列には「自治体・保険者/企業・医師等」「自治体・保険者/企業・歯科医師等」と書かれています。

業界紙の見出しは、そのまま「厚労省、薬局に直接言及なし」でした。

閣議決定の2日後です。この2日間のギャップを、どう読むか。




「書かれていない」は「排除された」ではない

私は薬局のこれまでのエビデンスからこう読んでいます。

排除されたのではなく、仕様書がまだ白紙なのだ、と。

U.E.N.O.Planを読めば読むほど、そこに描かれた課題は、薬局が構造的に得意な領域ばかりです。

  • がん検診受診率 43〜53%(目標60%)
  • 精密検査受診率 70〜90%(目標90%)
  • 特定健診 目標70%(令和11年)
  • 歯科健診 約4割が未受診(目標95%)
  • 自治体の歯周病検診受診率 平均約5%
  • MCI(軽度認知障害)564.3万人 ── 「受診が進んでいないものと推察される」

すべて「見つけられていない」「つながっていない」という問題です。

そしてU.E.N.O.Planの参考資料には、こう書かれています。がん検診の受診率は「大企業従事者>中企業従事者>小企業従事者>パート勤務者>その他の就業者>無職」の順に下がっていく、と。

この序列の下のほうにいる人たちに、日常的に会っている医療機関は、どこでしょうか。

健診機関は会えません。職域健診の網にもかかりません。かかりつけ医を持たない人も多い。

未病は薬局です。処方箋でも、OTCでも、湿布1枚でも、彼らは薬局に来ます。予約もいらない。紹介状もいらない。日本には約6万軒の薬局があり、その大半が「歩いて行ける距離」にあります。

この接触点は、日本の予防医療における最大の未活用資源です。


海外は、この「接触点」をどう事業にしたか

ここで、少し外に目を向けます。

日本の薬局も、地域にずいぶん貢献してきました。健康相談、お薬手帳の啓発、地域の健康フェア、学校薬剤師、子ども食堂への協力。頭が下がる取り組みばかりです。

でも、そのほとんどが無償であり、エビデンスとして国民に十分に周知されていません。

海外の薬局は、同じことを有償のサービスとして定義しました。この差は、志の差ではありません。制度設計の差であり、そして正直に言えば、薬局側が「値付け」を要求してきたかどうかの差です。

フランス:「がん検診キットを渡す」という業務

フランスでは2022年、薬剤師と保険者(Assurance Maladie)の全国協定に、新しい業務が加わりました。

大腸がん検診キット(便潜血検査)の交付です。

50〜74歳の対象者に対し、招待状の有無にかかわらず、薬局が適格性を確認したうえでキットを渡す。研修修了が条件。それだけです。検査もしなければ、診断もしない。ただ「渡して、やり方を説明して、やってもらう」。

報酬は、キット交付1件につき3ユーロ(約500円)。単独請求が原則です。さらに、患者が実際に検査を実施したところまで到達すると、追加の報酬が支払われる二段構えになっています。

「たった500円か」と思うでしょうか。

私は、金額ではなくこう見ています。500円の公的サービスとして、薬局の業務が"定義された"。ここが決定的です。定義されれば、単価は後から上がります。定義されなければ、いつまでもゼロのままです。

ちなみにフランスの大腸がん検診参加率は2025年で33.1%。欧州の許容水準45%にも届いていません。そして2026年3月、政令によって交付できる職種は看護師にも拡大されました。**「効果が足りないから薬剤師を外す」ではなく、「足りないから担い手を増やす」**という方向に動いています。

イギリス:「血圧を測る」だけで報酬が出る

イングランドのNHSには、Community Pharmacy Blood Pressure Check Service(高血圧ケースファインディング・サービス)があります。2020年12月のパイロットを経て、2021年10月に正式サービス化されました。

内容は驚くほどシンプルです。

  1. 40歳以上で高血圧の診断がついていない人に、薬局で血圧を測る(clinic check)
  2. 高値だった人には、24時間自由行動下血圧測定(ABPM)を薬局で実施
  3. 結果をGP(かかりつけ医)に送り、必要なら受診につなぐ

診断はしません。治療もしません。見つけて、つなぐ。それだけです。

報酬は2025/26年度で clinic check 1件あたり10ポンド(前年度は15ポンド)。ABPMには別途報酬があり、サービス開始からの3年間は年間の実施件数が一定数を超えた薬局にインセンティブが支払われる設計でした。

そして、この制度で私が最も注目しているのはここです。

2023年12月から、血圧測定は薬剤師でない職員でも実施できるようになりました。

責任薬剤師の管理下という条件はつきますが、測定行為そのものは資格を要件から外した。理由は明快で、そうしないと件数が伸びないからです。

サービス全体の狙いも明確です。GPやPCN(プライマリケア・ネットワーク)が抱える心血管疾患予防の目標達成を、薬局が上流で支える。つまり「医師の仕事を取る」のではなく「医師が達成できない数字を薬局が埋める」という設計になっている。


海外事例に共通する、3つの設計原則

フランスとイギリス、やっていることは全然違いますが、構造は同じです。

原則1|診断しない。「見つけて、つなぐ」に徹する

キットを渡す。血圧を測る。それだけ。医師の領域には一歩も入らない。だからこそ医師会と衝突せず、制度化が通った。

原則2|支払者は患者ではない

保険者であり、公費です。患者から取るサービスは「贅沢品」になりますが、保険者から取るサービスは「政策」になります。

原則3|単価は驚くほど安い。だから"件数"と"動線"の勝負になる

500円、1,800円。1件では話になりません。日常業務の動線に埋め込んで、月に何十件、何百件をこなす設計にして初めて事業になる。逆に言えば、特別なことをやろうとした瞬間に採算が壊れる。

この3原則は、そのまま日本にも当てはまります。


日本版の「つなぐ市場」は、もう数字で見えている

ここからが本題です。U.E.N.O.Planは、実は発注予定表として読めます。

見取り図をよく見てください。3つの列があります。「情報発信・普及啓発」「健診・検診」「受診勧奨」。そして新規事項(赤字)の重心は、明らかに「早期発見」と「受診勧奨」に寄っています。

国が金を出そうとしているのは、検査そのものではなく「つなぎ」です。

さらに具体的に。

歯科保健 ── いま最も空白が大きい

令和8年度から、約8.8億円のパイロット事業が始まります(令和7年度補正予算)。事業主・医療保険者・自治体に対して、一般の健診にあわせて簡易検査ツールによる口腔スクリーニングを行い、歯周病等が疑われる人を歯科医療機関につなげる取り組みを支援するものです。

令和9年度からは「簡易歯科健診」として制度上に位置づけられ、医療保険者の負担金を加算・減算する制度(後期高齢者支援金)にも追加されます。令和10年度からは健康増進法上の制度としての普及も検討される。

そして参考資料の実施イメージ図には、こう書かれています。

「自宅等で検体採取を実施」→ 郵送

キットを配って、説明して、回収して、結果を伝えて、歯科につなぐ。

……フランスの大腸がん検診キットと、まったく同じ構造です。

この物流と対人のノードを、誰が担うのか。まだ誰にも割り当てられていません。

女性の健康 ── 拾った後の受け皿がない

職場健診の標準的な問診票に、女性特有の健康課題に関する質問がすでに追加されています。事業主や健診機関に問診の実施を働きかけ、専門医への受診勧奨を推進する、と。

一方で概要資料にはこうあります。更年期症状を自覚してから3か月以内に医療機関を受診した人は、40代・50代で約1割。

拾う仕組みは動き出したのに、拾った後の受け皿がない。しかも「対応できる医療機関を検索できるようにする」というのが施策なので、検索に至る手前のトリアージが、丸ごと空白です。

薬局は、鎮痛薬・鉄剤・漢方の購買行動から、更年期・月経困難症・貧血を検出できる、おそらく唯一の場所です。

がん・循環器 ── 発注意欲はすでに立っている

令和8年1月23日に自治体宛、2月2日に保険者宛の事務連絡が出ています。がん検診で要精密検査となった人への受診勧奨・再勧奨の徹底を求め、がん種別10種類の勧奨資材(希望の虹プロジェクト)の活用を促す内容です。

「やれ」と言われた自治体と保険者は、実施体制を持っていません。


で、明日から何をするか

ここまで読んで、「うちには無理だ」と思われたかもしれません。

そんなことはありません。規模別に、現実的な一歩目を書きます。

【1店舗薬局】記録を取ることから始める

設備投資はいりません。明日からできます。

処方箋応需時に、ワンクエスチョンを足す。

  • 「昨年、健診は受けられましたか?」
  • 「がん検診はいかがですか?」
  • 「歯医者さんには、この1年で行かれましたか?」

そして、答えを記録する。「未受診」「勧奨した」「受診につながった」の3つだけでいい。薬歴の隅でも、Excelでも構いません。

なぜ記録が最初の一歩なのか。自治体も保険者も、実績のない相手には発注しないからです。

半年後、「当薬局では6か月で◯件の未受診者を把握し、◯件の受診勧奨を行い、◯件が実際に受診に至りました」と言える薬局と、「地域貢献に熱心です」としか言えない薬局。どちらが仕様書に載るかは、考えるまでもありません。

イギリスの血圧サービスも、フランスのキット交付も、すべて実績データの提出とセットです。データがない善意は、制度上、存在しないのと同じ扱いになります。

【2〜5店舗】自治体と保険者に会いに行く

会う相手は決まっています。

  • 市町村の健康増進課・国保年金課
  • 都道府県後期高齢者医療広域連合
  • 協会けんぽの都道府県支部
  • 地元の健保組合
  • 商工会議所(中小企業のコラボヘルス経由)

持っていくのは提案書ではなく、質問でいい。

「令和8年度の簡易歯科健診パイロット事業、御市では手を挙げられますか。実施体制でお困りのことはありませんか」

これだけで十分です。相手は今まさに、実施体制がなくて困っています。そして薬局から声がかかることを、まだ想定していません。

一つだけ、絶対に外してはいけない前提があります。

地域歯科医師会、医師会への事前の筋通し。

「薬局が歯科健診をやります」ではなく、「未受診の方を、歯科医院にお送りします」。この一言の差で、話が通るか止まるかが決まります。海外事例が制度化できたのは、この線を一度も越えなかったからです。

【6店舗以上のチェーン】モデル店を1店、決める

全店展開は、やってはいけません。

商圏タイプ(住宅地/工業地帯/高齢化地区)から1店を選び、予防医療モデル店として半年間だけ実証する。KPIは3つで十分です。

  1. 未受診者の把握件数
  2. 受診勧奨の実施件数
  3. 受診到達件数(ここが一番大事。海外の報酬設計は必ずここに紐づいています)

そのうえで、遊休化しがちな薬剤師リソース(在宅対応の隙間時間、リモート勤務者、育休明けの短時間勤務者)を、精密検査未受診者への電話フォローに充てる。店頭に立たせずに稼働できるので、限界利益率が高くなります。


制度的な追い風も来ています

もう一つ、押さえておくべきことがあります。

2025年の薬機法改正により、健康サポート薬局は「健康増進支援薬局」に名称を変え、届出制から都道府県知事の認定制に移行します。公布から2年以内の施行なので、2027年5月までには動き出します。

在宅対応など地域連携薬局が担うべき機能は要件から整理され、予防・健康支援に特化した制度になる見込みです。

骨太方針の「地域住民の健康増進に資する薬局機能」という文言は、ほぼこの制度を指していると読むのが自然でしょう。日本薬剤師会も骨太方針へのコメントで、健康サポート機能の充実・強化と、この枠組みの積極活用に言及しています。

つまり、制度の器はできつつある。中身が空っぽなだけです。


やってはいけない3つのこと

正直に、注意点も書きます。

1. 「医師・歯科医師の仕事を取りに行く」と受け取られること

これをやった瞬間、すべて止まります。名乗るべきポジションは「実施者」ではなく「勧奨者・つなぎ役」。しかも、こちらのほうが設備投資が要らないぶん、実は収益性が高い。

2. 送客の対価を、事業者から受け取ること

補聴器販売店、健診機関、検査会社との提携は魅力的に見えますが、療担規則の患者誘引規制と景品表示法に真正面からぶつかる領域です。経済的利益による患者の誘引については、厚労省から繰り返し注意喚起が出ています。設計の最初の段階で線を引いてください。報酬は「患者を送った先」からではなく、「保険者・自治体・事業主」から受け取る。これが鉄則です。

3. また無償でやってしまうこと

これが一番怖い。

日本の薬局は、頼まれれば無料でやってしまいます。真面目だからです。でも、一度無料で提供したサービスに、後から値段はつきません。

フランスの3ユーロ、イギリスの10ポンド。金額は大きくない。それでも彼らが「有償」にこだわったのは、値札のついていない仕事は、制度の中で存在しないことになると知っているからです。

最初の1件から、たとえ実費相当でも構わないので、必ず値段をつけて請求してください。それが「地域貢献」を「事業」に変えるということです。


次の観測点

具体的に、いつ何を見ればいいか。

  • 2026年8月末 ── 令和9年度の概算要求。U.E.N.O.Plan概要には「令和9年度予算に関する事業の詳細は今後の予算編成過程で検討」と明記されています。ここで費目に「薬局」の2文字が現れるかが最初の判定点
  • 2026年末 ── 予算編成過程
  • 2027年5月まで ── 改正薬機法施行。健康増進支援薬局の認定基準・研修要件の告示
  • 令和9年度 ── 簡易歯科健診の制度上の位置づけ、後期高齢者支援金の加算・減算制度への追加
  • 令和10年度 ── 健康増進法上の制度化の検討

最後に

U.E.N.O.Planに薬局の名前がなかったことを、私は悲観していません。

制度に名前が書かれるのを待つ、という選択もあります。日薬が頑張ってくれるのを待ち、点数がついてから動く。それはそれで合理的です。実際、多くの薬局はそうするでしょう。

でも、制度の名前は、実績のある者の上に書かれます。

イギリスの血圧サービスは、パイロットから正式サービス化まで10か月でした。フランスのキット交付も、現場が先に動き、協定が後から追いつきました。順番は、いつもそうです。

いま、あなたの薬局の目の前を、健診を受けていない人が通り過ぎています。歯医者に1年以上行っていない人が、湿布を買いに来ています。更年期の不調を「歳のせい」だと思って、鎮痛薬を選んでいる人がいます。

その人に、一言かけて、記録を取る。

一歩目は、それだけです。設備も、認定も、予算も要りません。半年後、その記録が、あなたの薬局と自治体をつなぐ唯一の材料になります。

そして、次の一歩は、健康増進や疾病予防の数値的なエビデンスを示すことよりも、金額を示した方が世の中の納得感・説得力は大きいのではないでしょうか。地域薬局や薬剤師の地域貢献の金銭的価値として理解をしてもらうことです。

地域貢献を、ボランティアで終わらせないために。

7/17/2026

「うちで1か月分抱えればいい」の先へ

 「うちで1か月分抱えればいい」の先へ

── シクロスポリン騒動から考える、地域で薬を守るという発想

近所にサンススクリーンのヘチマが二階のベランダまで届いて大きな黄色の花を咲かせ、今年もいよいよ夏本番だなと思う今日この頃です。ペーパー薬剤師とはいえ現場の空気は追いかけていて、最近ちょっと考えさせられる相談を受けました。免疫抑制剤のシクロスポリンをめぐる、在庫と需給の話です。

きっかけは小さな出来事でした。ある後発品メーカーがシクロスポリンの一部規格を限定出荷に切り替え、「在庫を確保しておこうと需要が一時的に伸びているのでは」という相談です。調べてみると、これは一つの薬の話にとどまらず、いま薬局業界が向き合っている構造そのものを映していると感じました。今日はその話を、あまり専門用語に寄りかからずに書いてみます。

 

そもそも何が起きているのか

2026年6月に施行された調剤報酬改定で、「地域支援・医薬品供給対応体制加算」という長い名前の加算が新設されました。従来の地域支援体制加算と後発医薬品調剤体制加算を一本化したもので、その施設基準の中に、静かに、しかし重い一文が入りました。

「重要供給確保医薬品のうち内用薬及び外用薬であるものは、1か月分程度の備蓄をするよう努めること」

重要供給確保医薬品というのは、改正医療法にもとづいて厚生労働大臣が指定した、供給が途切れると国民の生命・健康に重大な影響が出る医薬品のことです。シクロスポリンの内用剤も、この指定リスト(A群)に入っています。つまり全国の算定薬局が、自局で直近1年間に調剤実績のある重要供給確保医薬品について、いっせいに「1か月分の現物を棚に置く」方向で在庫を積み増しはじめた、というのが今の局面です。

ここで大事なのは、この「1か月備蓄」が薬局に課された法的義務ではないという点です。医療法上の義務(増産指示など)はあくまで製薬会社側にかかるもので、薬局に関係するのは調剤報酬の施設基準上の「努力規定」にすぎません。それでも加算を算定したい薬局にとっては事実上の準義務であり、だからこそ現場は真面目に在庫を積みにいきます。

 

善意の積み増しが、需給を揺らす

ここに、供給学でよく知られる「ブルウィップ効果」という現象が重なります。ムチの持ち手をほんの少し振っただけで、先端は大きくしなる。あの動きです。


末端の一軒一軒の薬局が「念のため少し多めに持っておこう」とほんの少し発注を上乗せする。その注文が卸に集まり、卸がメーカーに発注するころには、需要のさざ波が大きなうねりになっている。実際の患者数はほとんど変わっていないのに、流通の川上に行くほど発注量が増幅されていく。今回のシクロスポリンで起きているのは、まさにこれだと私は見ています。

しかも今年はタチが悪いことに、三つの波が同じ時期に重なりました。ひとつは今お話しした新加算による備蓄の積み増し。もうひとつは、8月の医療機関の休診や患者さんの帰省を見越した夏季の長期処方。そして、一部メーカーの限定出荷を受けた他社品へのシフト。三つが足し算ではなく掛け算のように効いて、局所的な逼迫感を生んでいます。

ここで冷静に押さえておきたいのは、こうした需要増にはかなりの割合で「一過性の成分」が含まれているということです。各薬局の棚が目標水準まで満ちれば、積み増しの発注は反動的に減っていく。これは実需の増加とは性質が違います。にもかかわらず、逼迫の情報が回ると心理的な発注がさらに乗り、メーカーと卸を疲弊させていく。善意が善意のまま、供給網を痛めつける構図です。

 

「自分の薬局を守る」の限界

ここからが本題です。「1か月分を自局の棚に」という発想は、突き詰めると各薬局が個別最適を追い求める発想です。もちろん施設基準がそう求めている以上、無視はできません。でも、一軒一軒がバラバラに在庫を抱え込む世界を想像してみてください。

同じ地域に10軒の薬局があれば、同じ薬が10か所の棚で1か月分ずつ眠ることになります。使われないまま期限を迎える薬も増える。発注はいたずらに膨らみ、卸への急配依頼も増える。そして肝心なとき ── ある薬局で在庫が切れて患者さんが困っているとき ── 隣の薬局の棚に余っていても、そのことを誰も知らない。これは在庫を「持っている」のに「活かせていない」状態です。

改定はこの矛盾に、実はもう答えを示しています。同じ加算の施設基準の中に、地域フォーミュラリへの参画が「望ましい」と明記されました。他薬局への分譲実績も評価の対象に入りました。国が薬局に問うているのは「あなたの薬局はどれだけ在庫を抱えているか」ではなく、「あなたの薬局は地域の供給網の一部として機能しているか」です。

 

発想を「点」から「面」へ

そこで提案したいのが、在庫を自局の問題から地域の問題へと引き上げる、二つの取り組みです。

ひとつは、地域での医薬品在庫・備蓄状況の共有です。地域の薬局同士が、いま何をどれだけ持っているかを見える化して共有する仕組み。理想はリアルタイムに在庫を照会できるシステムですが、いきなりそこを目指さなくても、地区薬剤師会を単位にして、重要供給確保医薬品や供給不安品目に絞った在庫の相互照会から始められます。「うちは切れたが、あそこに5日分ある」が分かるだけで、患者さんを走らせずに済み、卸への急配も減る。地域全体で見れば、抱える総在庫はむしろ減らせます。10軒がそれぞれ1か月持つより、地域として2か月分を賢く回すほうが、はるかに強い。災害時医薬品供給の枠組みが各都道府県に整っていることを考えれば、平時からその縮小版を回しておく意義は大きいはずです。

もうひとつは、地域フォーミュラリの構築に薬局が前のめりになることです。フォーミュラリというと「使う薬を制限される」と身構える先生方もいますが、本質は違います。地域で「この効能にはまずこの薬」という緩やかな標準を医師・薬剤師で共有しておけば、処方が特定の品目に集約され、在庫の予測が立てやすくなる。品目が絞れれば備蓄も回しやすい。供給不安が起きたときも、代替の道筋が地域であらかじめ合意できていれば、慌てずに切り替えられます。供給の安定と、在庫の効率と、フォーミュラリは地続きの話なのです。

そして、この面の取り組みを地域で誰が音頭を取るのか。ここにこそ、薬局薬剤師の出番があります。医薬品の在庫と流通を毎日肌で扱っているのは、ほかならぬ私たちです。医師に「この薬が逼迫しています、代替はこうです」と最初に気づいて伝えられるのも、地域の在庫を横につなぐ発想を持てるのも、薬剤師をおいて他にいません。

 

薬を「もっと持つ」時代から「賢く回す」時代へ

シクロスポリンの一件は、いずれ落ち着くと思います。棚が満ちれば発注は減り、需給は平常に戻る。けれど、また別の薬で同じことが起きる。重要供給確保医薬品の指定はこれからも増え、供給不安が構造的に居座るなかで、私たちは何度でもこの局面に立たされます。

そのたびに一軒一軒が在庫を抱え込んでメーカーと卸を困らせるのか、それとも地域として在庫を見える化し、フォーミュラリで処方を整え、面で薬を守るのか。改定が薬局に「地域で何ができるか」を問うている以上、答えは決まっているように思います。

薬を「もっと持つ」で解こうとすると、供給網はきしみます。「賢く回す」に発想を変えたとき、はじめて薬局は地域医療のインフラになれる。ペーパー薬剤師の立場から、そんなことを考えた夏の入り口でした。

 

 

7/01/2026

⾻太の⽅針2026原案 医療‧ 社会保障分野の実務影響

 ⾻太の⽅針2026原案 医療‧ 社会保障分野の実務影響


1. 骨太2026原案の全体方向性と社会保障・医療分野のポイント

6月30日の経済財政諮問会議で公表された「骨太の方針2026(原案)」は、これまでの「保険料負担の抑制努力を継続」から一歩踏み込み、「現役世代の保険料率の上昇を止め、引き下げていく」方針を明文化した点が最大の特徴(原案第3章)。

核心方針:

  • マクロ的な社会保障負担率の目標設定と、給付・負担の見直しを2026年度中に具体化・工程化。
  • 「責任ある積極財政」の下、強い経済と財政持続可能性の両立を目指しつつ、社会保障では現役世代の可処分所得を守ることを最優先。
  • 医療提供体制の構造改革(病床適正化、連携・再編・集約化、医師偏在是正、2028年度以降の医学部定員削減)を加速。
  • 医療保険制度では、2027年3月からのOTC類似薬の保険給付見直しと、2027年度以降の対象範囲拡大検討を明記。
  • 高齢者窓口負担の見直しは「2027年度予算編成過程で結論」と先送り(与党協議継続中)。
  • 「攻めの予防医療」を新たなキーワードとして位置づけ、健康増進・疾病予防・早期発見・早期介入を推進(更年期女性・プレコンセプションケア重視、循環器病・COPD・慢性疼痛・難病・アレルギー・依存症・難聴・睡眠障害等の拡大、移植医療対策)。ヘルスケア産業育成の視点も追加。
  • DX・AI・ロボティクスを活用したサービスの質向上と生産性向上を明記。経済・物価動向で医療機関経営に支障が生じた場合、2027年度予算編成過程で診療報酬上の加減算を含む調整の可能性を明記。

全体のメッセージ: 現役世代負担軽減を実現するため、給付の効率化・適正化・構造改革・予防シフト・DXを一体で進める「成長型・持続可能な全世代型社会保障」への転換です。病院・薬局にとっては厳しい財政・量的な圧力の一方で、役割拡大と事業変革の好機でもあります。


1.要約とその結論

最大の変化は、 社会保障改⾰の表現が、 前年の「保険料負担の抑制努⼒」 から⼀歩進み、「現役世代の保険料率の上昇を⽌め、 引き下げていく」 と明記された点である。 これは、 医療‧ 介護において、 給付の効率化、 保険給付範囲の⾒直し、 提供体制再編、 医薬品政策の⾒直しを、 これまで以上に同時並⾏で進める⽅向を意味する。

病院薬剤部にとっては、 地域フォーミュラリ、 ⻑期処⽅‧ リフィル、 休薬‧ 減薬、 バイオシミラー、 薬価改定、 電⼦処⽅箋‧ データ連携が、 単独論点ではなく「給付適正化と経営可視化」 の⼀連の政策パッケージとして扱われる可能性が⾼い。 採⽤品⽬、 薬剤使⽤指針、 病棟配置、 地域連携の設計を経営指標と結び付けて⾒直す必要がある。

薬局経営にとっては、 処⽅⽇数の⻑期化やリフィル処⽅箋の活⽤による来局頻度の低下リスクがある⼀⽅、 OTC‧ 健康⽀援‧ 在宅‧ 予防事業‧ 服薬フォローといった対⼈業務へ収益基盤を移す政策環境が鮮明になった。 従来型の「処⽅箋枚数依存モデル」 からの転換が急務である。

経営上の含意として、 政府は経営情報の⾒える化、 DX/AX、 ⽣産性向上、 職員配置の柔軟化を前⾯に出しており、 診療報酬‧ 薬価‧ 保険給付の将来調整に対して「実態説明できる経営体」 ほど対応余地が⼤きい。 逆に、 データ整備が不⼗分な組織は制度変更の影響を受けやすい。

結論的には、 今回の原案は、 医療提供体制と医薬品給付の両⾯から「量から質‧ 効率への転換」を求める内容であり、 病院薬剤部と薬局はいずれも、 収益防衛より先に、 役割再定義とデータに基づく運営体制の再構築に着⼿すべき局⾯に⼊ったと評価できる。


2.  政策要点

論点

原案の⽅向性

実務上の⽰唆

経営‧ 報酬対応

経営情報の⾒える化、 DX/AXによる⽣産性向上、 職員配置の柔軟化を推進。 経済‧ 物価動向が⼤きく変動し、 医療機関等の経営に⽀障が⽣じた場合は、 2027年度予算編成過程で診療報酬上の加減算を含む更なる必要な調整。

報酬引上げを待つ姿勢ではなく、 コスト構造‧ ⼈員配置‧ 業務⽣産性を説明可能な形で把握することが前提になる。

社会保障改⾰の軸

「現役世代の保険料率の上昇を⽌め、 引き下げていく」 と明記。 2026年度中に改⾰の具体化と⼯程の明確化を図り、 順次実施。

給付適正化策が個別施策で終わら ず、 処⽅‧ 調剤‧ 医薬品給付‧ 提供体制再編まで連動する前提で備える必要がある。

医療提供体制

2040年に向けた病床数の適正化、

2027年度以降の地域医療構想を踏まえた連携‧ 再編‧ 集約化。 かかりつけ医機能、 医師偏在対策、 2028年度以降の医学部定員削減。

薬剤部‧ 薬局とも、 単独最適ではなく地域内役割分担の中で⾃組織の機能を定義する必要がある。

保険給付範囲

OTC類似薬の保険給付⾒直しの施⾏を踏まえ、 2027年度以降の対象範囲拡⼤を検討。 先⾏バイオ医薬品は、 バイオ後続品普及の環境整備を踏まえ保険給付の在り⽅⾒直しを検討。

患者負担増、 処⽅⾏動の変化、 説明業務増加に備え、 代替提案や患者向けコミュニケーションを準備する必要がある。

処⽅‧ 調剤適正化

⻑期処⽅やリフィル処⽅箋の活用、 地域フォーミュラリの全国展開、 休薬‧ 減薬の促進。

処⽅箋回数が減る⼀⽅、 治療継続管理、 残薬確認、 服薬フォロー、 医師への提案機能が重要になる。

医療DX‧ データ連携

電⼦カルテ‧ 電⼦処⽅箋の普及、情報連携、 医薬品等データベース構築、 公費負担医療や予防接種のデジタル化、 ⼆次利⽤基盤整備。

処⽅‧ 調剤‧ 在庫‧ 副作⽤‧ 患者フォローの情報を、 院内‧ 地域‧ 保険者連携で扱える体制が競争⼒にな る。

医薬品政策

後発医薬品等の安定供給、 2027年度薬価改定、 費⽤対効果評価制度の更なる⾒直し、 ⾰新的新薬評価の⾒直し検討。

採⽤‧ 在庫‧ 価格管理を「安定供 給」「経済性」「臨床価値」 で再設計する必要がある。 特に⾼額薬剤管理の重要性が増す。

予防医療

「攻めの予防医療」 を推進。 健康増進、 疾病予防、 早期発⾒‧ 早期介⼊、 PHR活⽤、 ⼥性の健康、 更年期医療、  プレコンセプションケア、 健康経営、 ヘルスケア産業育成を明記。

医療機関‧ 薬局とも、 治療提供者から予防‧ 健康⽀援の実装主体への役割拡張が求められる。


3. 病院薬剤部への影響

影響領域

想定される変化

薬剤部の実務対応

電⼦処⽅箋‧ 情報連携

電⼦カルテ、 電⼦処⽅箋、 医薬品データベース、 医療情報の⼆次利⽤基盤が進む。

処⽅監査、 疑義照会、 薬歴連携、 副作⽤報告、 在庫情報連携のフローを⾒直し、 院内システムベンダー任せにせず、 薬剤部主導で業務要件を定義する。

地域医療構想‧ 再編

病床数適正化と再編‧ 集約化が進むと、 急性期‧ 回復期‧在宅移⾏で薬剤管理の役割分担が変わる。

退院時薬剤情報提供、 トレーシングレポート活⽤、 共同フォーミュラ リ、 共同在庫、 災害時医薬品確保など、 地域連携のルール化を進める。

経営指標管理

経営情報の⾒える化が前提となる。

薬剤費率、 後発品⽐率、 バイオシミラー⽐率、 在庫回転⽇数、 廃棄率、病棟介⼊件数、 退院連携件数、 疑義照会提案件数を経営会議で共有できる形に整える。

病院薬剤部への総括 今回の原案は、 薬剤部を「薬剤供給部⾨」 ではなく、「医薬品給付適正化と地域連携を担う経営貢献部⾨」 として位置付け直す圧⼒を⾼める。 特に、 病床機能再編が進むほど、 薬剤部の価値は採⽤品⽬数の多さではなく、 標準化‧ 安全性‧ 供給継続性‧ ⾼額薬管理‧ 退院後連携の質で評価されやすくなる。


4. 薬局経営への影響
影響領域想定される変化経営・運営上の対応
来局構造の変化長期処方やリフィル処方箋の活用が進むと、来局頻度と処方箋枚数が下がる可能性がある。処方箋枚数依存から、服薬フォロー、在宅、かかりつけ、地域連携、健康支援事業への比重を移す。来局回数減少を前提とした人員配置と収支計画が必要。
OTC・セルフメディケーションOTC類似薬の保険給付見直し対象拡大や、スイッチOTC化の推進により、患者の自己選択領域が広がる。OTC販売を物販ではなく、受診勧奨・重症化予防・継続支援と結び付ける。特に、慢性疾患軽症者、季節性疾患、更年期支援、女性の健康分野は相性がよい。
対人業務への転換休薬・減薬、服薬管理、リフィル対応が重視されると、対物中心薬局は差別化しにくくなる。残薬調整、アドヒアランス支援、副作用確認、トレーシングレポート、オンライン・電話フォローの標準手順を整備し、医療機関へ価値を返せる体制にする。
在宅・地域連携かかりつけ医機能や地域包括ケアの深化により、地域連携の中で薬局機能が評価されやすくなる。退院時カンファレンス参加、在宅医療対応、施設連携、夜間休日体制、災害時対応を含め、地域での不可欠性を高める。門前依存薬局ほど早めの転換が必要。
薬価・薬剤料変動2027年度薬価改定、費用対効果評価制度見直し、革新的新薬評価見直しにより、薬剤料構造が変わる可能性がある。粗利管理を品目別・カテゴリー別で細かく把握し、在庫圧縮と欠品リスクのバランスを再設計する。高額薬・冷所品・返品困難品の採算管理が重要。
後発品・供給不安後発医薬品安定供給政策は進むが、短期的には供給制約がゼロになるとは限らない。代替品マスタ、仕入先分散、採用品目統合、患者説明テンプレートを整え、欠品時の業務負荷を低減する。地域薬局間の融通ルールも検討余地がある。
デジタル投資電子処方箋、情報連携、医療・介護データ基盤整備が進む。単なる義務対応ではなく、受付時間短縮、監査精度向上、在宅情報共有、再来局促進につながる形で投資判断を行う。費用対効果を月次で検証すべきである。
予防・健康支援「攻めの予防医療」が手厚く打ち出され、PHR、健康経営、女性の健康、プレコンセプションケアなどのテーマが拡大。薬局の健康相談、受診勧奨、検査キット活用、女性向け相談、睡眠・生活習慣支援を、地域イベントや企業連携と組み合わせて実装する余地が広がる。

薬局経営への総括 政策の方向は、調剤回数を増やすことではなく、必要な服薬管理と地域支援を効率的に提供することへ向いている。したがって、経営の主戦場は「枚数」から「患者接点の質」「地域での役割」「データ活用」に移る。特に、中小薬局は、OTC、在宅、医療機関連携、デジタル活用のどこで自社の勝ち筋を持つかを明確にする必要がある。


5. 共通リスク

リスク内容留意点
収益圧縮リスク保険料引下げ方針の下、給付適正化、薬価・給付範囲見直し、処方長期化が進むと、従来収益構造が圧迫される。売上ではなく、患者一人当たり粗利、業務当たり採算、機能別収益性でみる必要がある。
制度変更の先行不確実性原案段階であり、高齢者窓口負担、OTC類似薬範囲、バイオシミラー給付、消費税論点などはなお流動的。単一シナリオで投資・採用を決めず、複数パターンで事業計画を持つべきである。
患者行動変化リスク自己負担増、OTCシフト、受診間隔延長、情報取得経路の変化により、患者接点が薄くなる。患者説明の質と継続フォローの仕組みが弱い組織ほど、離脱が進みやすい。
人材確保・定着リスク職員配置の柔軟化が進んでも、現場では専門人材不足が続く可能性が高い。業務切り分け、教育標準化、タスクシフト、離職防止策を経営テーマとして扱う必要がある。
サイバーセキュリティリスク電子カルテ・電子処方箋・情報連携拡大に伴い、障害や情報漏えいの影響が大きくなる。システム導入と同時に、権限管理、バックアップ、訓練、委託先管理が不可欠である。
設備投資回収リスクデジタル投資、施設整備、再編対応投資を行っても、制度変更が先行すると回収が遅れる可能性がある。投資目的を省人化、監査精度、連携強化など具体的効果に分解し、事後評価できる形にする必要がある。

6. 優先対応策 短期(今後3〜6か月)

  • 制度影響マップを作成する。 保険給付範囲、薬価、処方長期化、OTC、バイオシミラー、地域医療構想の各論点が、自組織の収益・患者数・人員配置にどう効くかを一覧化する。
  • 経営指標の可視化を急ぐ。 病院は薬剤費率、在庫回転、廃棄、病棟介入、退院連携を、薬局は処方箋枚数依存度、来局頻度、在宅比率、OTC比率、後発品供給影響を定点管理する。
  • フォーミュラリ・採用見直しに着手する。 高額薬、バイオ医薬品、供給不安品、OTC類似領域を優先対象とし、代替薬・切替ルールを整理する。
  • 患者説明資材を整備する。 OTC類似薬見直し、リフィル、長期処方、バイオシミラー、後発品切替に関する説明文書・FAQを準備する。
  • 電子処方箋・情報連携の現状棚卸しを行う。 システム導入有無ではなく、実際に何が連携でき、どこで業務が止まるかを確認する。
  • 地域連携先との協議を始める。 病院―薬局間で、退院時情報提供、疑義照会、トレーシングレポート、在宅導入、災害時対応について最小限の共通ルールを持つ。


中期(1年以内)

  • 病院薬剤部は高額薬剤・バイオシミラー戦略を正式化する。 採用、切替、説明、効果・安全性評価、経営報告を一体化した運用にする。
  • 薬局は対人業務ポートフォリオを再構築する。 服薬フォロー、在宅、OTC、健康支援、女性の健康、睡眠、生活習慣支援のうち重点分野を決める。
  • 人員配置を再設計する。 ルーチン業務の省力化で生まれた時間を、高リスク患者管理や地域連携へ移す。単なる削減で終わらせない。
  • サイバーセキュリティとBCPを整備する。 医療情報連携が進む前提で、障害時対応、紙運用への切替、データ復旧手順を明文化する。
  • 予防事業を小さく試行する。 PHR活用、受診勧奨、女性の健康相談、健康経営支援など、政策と親和性の高い領域で実証を始める。
  • 複数シナリオの事業計画を持つ。 高齢者窓口負担、OTC類似薬範囲、薬価改定影響の3つは、保守・中間・変化大のシナリオで見積もる。

7. 今後のウォッチポイント

項目注目理由確認すべきこと
7月の閣議決定文原案からの修正有無で政策の強度が見える。「保険料率引下げ」の文言維持、高齢者負担、消費税論点、予防医療の扱いを確認。
2027年度予算編成診療報酬上の加減算を含む調整や高齢者負担の結論が集まりやすい。物価・賃金対応、経営支援、負担見直しの方向を把握する。
2027年度薬価改定薬剤費・薬局収益・病院採用構造に直結する。費用対効果評価制度見直し、革新的新薬評価、市場拡大再算定等の扱いをみる。
OTC類似薬の対象範囲患者行動、処方内容、薬局機能に大きな影響。対象成分・疾患領域・除外要件・患者説明義務の整理が必要。
バイオシミラー給付見直し病院の高額薬剤管理と薬局の取り扱いに影響。保険給付条件、切替促進策、患者説明の実務要件を注視する。
高齢者窓口負担見直し政治的に流動的で、受診行動への影響が大きい。受診抑制、処方長期化、OTCシフトの可能性を見込む必要がある。
控除対象外消費税論点医療機関経営には残存論点。原案に未記載でも、今後の税制・予算折衝で再浮上するかを確認したい。
地域医療構想の具体化病床再編と地域連携の実装段階で、薬剤業務の役割が変わる。地域内の病床機能分担、共同フォーミュラリ、在宅移行患者数の見通しをみる。

結論として 骨太の方針2026原案は、病院薬剤部と薬局の双方に対し、「医薬品を扱う部門・事業」から「給付適正化、地域連携、予防、データ活用を担う経営機能」への転換を求めている。

制度変更の細部はなお流動的であるが、方向性は明確であり、今後の優位性は、制度が固まってから動く組織ではなく、採用・供給・説明・連携・データ管理を先に整え、政策の変化を自組織の役割強化につなげられる組織に生まれる。

病院薬剤部、薬局の薬剤師のレベルが、国家資格者としての薬剤師のレベルかどうかが問われる方向性であり、改革を進めている先人の海外薬剤師の資質が問われるものと考えていた方がわかりやすいと思います。まずはパクリではなく日本版のまねっこで事例を積み重ね、制度改革を確固するチャンスとみるべきでしょう。

一方で、攻めの予防医療、医療DX、地域フォーミュラリ等、政策が新たに重視する領域には事業機会も存在する。今後は、7月の閣議決定に向けた最終調整、特に高齢者窓口負担の扱いや控除対象外消費税問題の取り扱いを注視しつつ、保険診療への依存度を下げた複線的な経営戦略への移行を、計画的に進めることが生き残りの条件と考えられる。


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