「攻めの予防医療」に、薬局の名前はなかった
── だからこそ、いま一歩を踏み出す
2026年7月21日、骨太の方針2026が閣議決定されました。
「攻めの予防医療と疾病対策」の項に、こう書き込まれています。
地域住民の健康増進に資する薬局機能及び薬剤師の果たす役割の強化
6月30日の原案には、薬剤師に関する記述はありませんでした。日本薬剤師会が最終版まで働きかけを続け、薬剤師議員も動いた。その結果として入った一文です。
骨太方針にこれまで「薬局」「薬剤師」の語が入ったことはあります。医療連携、かかりつけ、対人業務、DX。しかし「薬局機能及び薬剤師の果たす役割の強化」という書きぶりは、おそらく初めてです。
これは、素直に喜んでいい話です。
その2日後に起きたこと
7月23日、厚生労働省が「U.E.N.O.Plan ~攻めの予防医療厚生労働省関係施策~」を公表しました。骨太の「攻めの予防医療」を具体化する実施計画です。栄養・食生活、がん・循環器病等、歯科保健、認知症、リハビリテーション、性差に由来するヘルスケア。この6領域を「直ちに取り組むべき第一弾の重点領域」と位置づけています。
本体、概要、参考資料、見取り図。すべてに目を通してみました。
しかし、「薬局」も「薬剤師」も、一箇所も出てきません。
実施主体として名指しされているのは、自治体、医療保険者、事業主、医師、歯科医師、健診実施機関、医療機関、関係学会、ナショナルセンター。見取り図の「受診勧奨」の列には「自治体・保険者/企業・医師等」「自治体・保険者/企業・歯科医師等」と書かれています。
業界紙の見出しは、そのまま「厚労省、薬局に直接言及なし」でした。
閣議決定の2日後です。この2日間のギャップを、どう読むか。
「書かれていない」は「排除された」ではない
私は薬局のこれまでのエビデンスからこう読んでいます。
排除されたのではなく、仕様書がまだ白紙なのだ、と。
U.E.N.O.Planを読めば読むほど、そこに描かれた課題は、薬局が構造的に得意な領域ばかりです。
- がん検診受診率 43〜53%(目標60%)
- 精密検査受診率 70〜90%(目標90%)
- 特定健診 目標70%(令和11年)
- 歯科健診 約4割が未受診(目標95%)
- 自治体の歯周病検診受診率 平均約5%
- MCI(軽度認知障害)564.3万人 ── 「受診が進んでいないものと推察される」
すべて「見つけられていない」「つながっていない」という問題です。
そしてU.E.N.O.Planの参考資料には、こう書かれています。がん検診の受診率は「大企業従事者>中企業従事者>小企業従事者>パート勤務者>その他の就業者>無職」の順に下がっていく、と。
この序列の下のほうにいる人たちに、日常的に会っている医療機関は、どこでしょうか。
健診機関は会えません。職域健診の網にもかかりません。かかりつけ医を持たない人も多い。
未病は薬局です。処方箋でも、OTCでも、湿布1枚でも、彼らは薬局に来ます。予約もいらない。紹介状もいらない。日本には約6万軒の薬局があり、その大半が「歩いて行ける距離」にあります。
この接触点は、日本の予防医療における最大の未活用資源です。
海外は、この「接触点」をどう事業にしたか
ここで、少し外に目を向けます。
日本の薬局も、地域にずいぶん貢献してきました。健康相談、お薬手帳の啓発、地域の健康フェア、学校薬剤師、子ども食堂への協力。頭が下がる取り組みばかりです。
でも、そのほとんどが無償であり、エビデンスとして国民に十分に周知されていません。
海外の薬局は、同じことを有償のサービスとして定義しました。この差は、志の差ではありません。制度設計の差であり、そして正直に言えば、薬局側が「値付け」を要求してきたかどうかの差です。
フランス:「がん検診キットを渡す」という業務
フランスでは2022年、薬剤師と保険者(Assurance Maladie)の全国協定に、新しい業務が加わりました。
大腸がん検診キット(便潜血検査)の交付です。
50〜74歳の対象者に対し、招待状の有無にかかわらず、薬局が適格性を確認したうえでキットを渡す。研修修了が条件。それだけです。検査もしなければ、診断もしない。ただ「渡して、やり方を説明して、やってもらう」。
報酬は、キット交付1件につき3ユーロ(約500円)。単独請求が原則です。さらに、患者が実際に検査を実施したところまで到達すると、追加の報酬が支払われる二段構えになっています。
「たった500円か」と思うでしょうか。
私は、金額ではなくこう見ています。500円の公的サービスとして、薬局の業務が"定義された"。ここが決定的です。定義されれば、単価は後から上がります。定義されなければ、いつまでもゼロのままです。
ちなみにフランスの大腸がん検診参加率は2025年で33.1%。欧州の許容水準45%にも届いていません。そして2026年3月、政令によって交付できる職種は看護師にも拡大されました。**「効果が足りないから薬剤師を外す」ではなく、「足りないから担い手を増やす」**という方向に動いています。
イギリス:「血圧を測る」だけで報酬が出る
イングランドのNHSには、Community Pharmacy Blood Pressure Check Service(高血圧ケースファインディング・サービス)があります。2020年12月のパイロットを経て、2021年10月に正式サービス化されました。
内容は驚くほどシンプルです。
- 40歳以上で高血圧の診断がついていない人に、薬局で血圧を測る(clinic check)
- 高値だった人には、24時間自由行動下血圧測定(ABPM)を薬局で実施
- 結果をGP(かかりつけ医)に送り、必要なら受診につなぐ
診断はしません。治療もしません。見つけて、つなぐ。それだけです。
報酬は2025/26年度で clinic check 1件あたり10ポンド(前年度は15ポンド)。ABPMには別途報酬があり、サービス開始からの3年間は年間の実施件数が一定数を超えた薬局にインセンティブが支払われる設計でした。
そして、この制度で私が最も注目しているのはここです。
2023年12月から、血圧測定は薬剤師でない職員でも実施できるようになりました。
責任薬剤師の管理下という条件はつきますが、測定行為そのものは資格を要件から外した。理由は明快で、そうしないと件数が伸びないからです。
サービス全体の狙いも明確です。GPやPCN(プライマリケア・ネットワーク)が抱える心血管疾患予防の目標達成を、薬局が上流で支える。つまり「医師の仕事を取る」のではなく「医師が達成できない数字を薬局が埋める」という設計になっている。
海外事例に共通する、3つの設計原則
フランスとイギリス、やっていることは全然違いますが、構造は同じです。
原則1|診断しない。「見つけて、つなぐ」に徹する
キットを渡す。血圧を測る。それだけ。医師の領域には一歩も入らない。だからこそ医師会と衝突せず、制度化が通った。
原則2|支払者は患者ではない
保険者であり、公費です。患者から取るサービスは「贅沢品」になりますが、保険者から取るサービスは「政策」になります。
原則3|単価は驚くほど安い。だから"件数"と"動線"の勝負になる
500円、1,800円。1件では話になりません。日常業務の動線に埋め込んで、月に何十件、何百件をこなす設計にして初めて事業になる。逆に言えば、特別なことをやろうとした瞬間に採算が壊れる。
この3原則は、そのまま日本にも当てはまります。
日本版の「つなぐ市場」は、もう数字で見えている
ここからが本題です。U.E.N.O.Planは、実は発注予定表として読めます。
見取り図をよく見てください。3つの列があります。「情報発信・普及啓発」「健診・検診」「受診勧奨」。そして新規事項(赤字)の重心は、明らかに「早期発見」と「受診勧奨」に寄っています。
国が金を出そうとしているのは、検査そのものではなく「つなぎ」です。
さらに具体的に。
歯科保健 ── いま最も空白が大きい
令和8年度から、約8.8億円のパイロット事業が始まります(令和7年度補正予算)。事業主・医療保険者・自治体に対して、一般の健診にあわせて簡易検査ツールによる口腔スクリーニングを行い、歯周病等が疑われる人を歯科医療機関につなげる取り組みを支援するものです。
令和9年度からは「簡易歯科健診」として制度上に位置づけられ、医療保険者の負担金を加算・減算する制度(後期高齢者支援金)にも追加されます。令和10年度からは健康増進法上の制度としての普及も検討される。
そして参考資料の実施イメージ図には、こう書かれています。
「自宅等で検体採取を実施」→ 郵送
キットを配って、説明して、回収して、結果を伝えて、歯科につなぐ。
……フランスの大腸がん検診キットと、まったく同じ構造です。
この物流と対人のノードを、誰が担うのか。まだ誰にも割り当てられていません。
女性の健康 ── 拾った後の受け皿がない
職場健診の標準的な問診票に、女性特有の健康課題に関する質問がすでに追加されています。事業主や健診機関に問診の実施を働きかけ、専門医への受診勧奨を推進する、と。
一方で概要資料にはこうあります。更年期症状を自覚してから3か月以内に医療機関を受診した人は、40代・50代で約1割。
拾う仕組みは動き出したのに、拾った後の受け皿がない。しかも「対応できる医療機関を検索できるようにする」というのが施策なので、検索に至る手前のトリアージが、丸ごと空白です。
薬局は、鎮痛薬・鉄剤・漢方の購買行動から、更年期・月経困難症・貧血を検出できる、おそらく唯一の場所です。
がん・循環器 ── 発注意欲はすでに立っている
令和8年1月23日に自治体宛、2月2日に保険者宛の事務連絡が出ています。がん検診で要精密検査となった人への受診勧奨・再勧奨の徹底を求め、がん種別10種類の勧奨資材(希望の虹プロジェクト)の活用を促す内容です。
「やれ」と言われた自治体と保険者は、実施体制を持っていません。
で、明日から何をするか
ここまで読んで、「うちには無理だ」と思われたかもしれません。
そんなことはありません。規模別に、現実的な一歩目を書きます。
【1店舗薬局】記録を取ることから始める
設備投資はいりません。明日からできます。
処方箋応需時に、ワンクエスチョンを足す。
- 「昨年、健診は受けられましたか?」
- 「がん検診はいかがですか?」
- 「歯医者さんには、この1年で行かれましたか?」
そして、答えを記録する。「未受診」「勧奨した」「受診につながった」の3つだけでいい。薬歴の隅でも、Excelでも構いません。
なぜ記録が最初の一歩なのか。自治体も保険者も、実績のない相手には発注しないからです。
半年後、「当薬局では6か月で◯件の未受診者を把握し、◯件の受診勧奨を行い、◯件が実際に受診に至りました」と言える薬局と、「地域貢献に熱心です」としか言えない薬局。どちらが仕様書に載るかは、考えるまでもありません。
イギリスの血圧サービスも、フランスのキット交付も、すべて実績データの提出とセットです。データがない善意は、制度上、存在しないのと同じ扱いになります。
【2〜5店舗】自治体と保険者に会いに行く
会う相手は決まっています。
- 市町村の健康増進課・国保年金課
- 都道府県後期高齢者医療広域連合
- 協会けんぽの都道府県支部
- 地元の健保組合
- 商工会議所(中小企業のコラボヘルス経由)
持っていくのは提案書ではなく、質問でいい。
「令和8年度の簡易歯科健診パイロット事業、御市では手を挙げられますか。実施体制でお困りのことはありませんか」
これだけで十分です。相手は今まさに、実施体制がなくて困っています。そして薬局から声がかかることを、まだ想定していません。
一つだけ、絶対に外してはいけない前提があります。
地域歯科医師会、医師会への事前の筋通し。
「薬局が歯科健診をやります」ではなく、「未受診の方を、歯科医院にお送りします」。この一言の差で、話が通るか止まるかが決まります。海外事例が制度化できたのは、この線を一度も越えなかったからです。
【6店舗以上のチェーン】モデル店を1店、決める
全店展開は、やってはいけません。
商圏タイプ(住宅地/工業地帯/高齢化地区)から1店を選び、予防医療モデル店として半年間だけ実証する。KPIは3つで十分です。
- 未受診者の把握件数
- 受診勧奨の実施件数
- 受診到達件数(ここが一番大事。海外の報酬設計は必ずここに紐づいています)
そのうえで、遊休化しがちな薬剤師リソース(在宅対応の隙間時間、リモート勤務者、育休明けの短時間勤務者)を、精密検査未受診者への電話フォローに充てる。店頭に立たせずに稼働できるので、限界利益率が高くなります。
制度的な追い風も来ています
もう一つ、押さえておくべきことがあります。
2025年の薬機法改正により、健康サポート薬局は「健康増進支援薬局」に名称を変え、届出制から都道府県知事の認定制に移行します。公布から2年以内の施行なので、2027年5月までには動き出します。
在宅対応など地域連携薬局が担うべき機能は要件から整理され、予防・健康支援に特化した制度になる見込みです。
骨太方針の「地域住民の健康増進に資する薬局機能」という文言は、ほぼこの制度を指していると読むのが自然でしょう。日本薬剤師会も骨太方針へのコメントで、健康サポート機能の充実・強化と、この枠組みの積極活用に言及しています。
つまり、制度の器はできつつある。中身が空っぽなだけです。
やってはいけない3つのこと
正直に、注意点も書きます。
1. 「医師・歯科医師の仕事を取りに行く」と受け取られること
これをやった瞬間、すべて止まります。名乗るべきポジションは「実施者」ではなく「勧奨者・つなぎ役」。しかも、こちらのほうが設備投資が要らないぶん、実は収益性が高い。
2. 送客の対価を、事業者から受け取ること
補聴器販売店、健診機関、検査会社との提携は魅力的に見えますが、療担規則の患者誘引規制と景品表示法に真正面からぶつかる領域です。経済的利益による患者の誘引については、厚労省から繰り返し注意喚起が出ています。設計の最初の段階で線を引いてください。報酬は「患者を送った先」からではなく、「保険者・自治体・事業主」から受け取る。これが鉄則です。
3. また無償でやってしまうこと
これが一番怖い。
日本の薬局は、頼まれれば無料でやってしまいます。真面目だからです。でも、一度無料で提供したサービスに、後から値段はつきません。
フランスの3ユーロ、イギリスの10ポンド。金額は大きくない。それでも彼らが「有償」にこだわったのは、値札のついていない仕事は、制度の中で存在しないことになると知っているからです。
最初の1件から、たとえ実費相当でも構わないので、必ず値段をつけて請求してください。それが「地域貢献」を「事業」に変えるということです。
次の観測点
具体的に、いつ何を見ればいいか。
- 2026年8月末 ── 令和9年度の概算要求。U.E.N.O.Plan概要には「令和9年度予算に関する事業の詳細は今後の予算編成過程で検討」と明記されています。ここで費目に「薬局」の2文字が現れるかが最初の判定点
- 2026年末 ── 予算編成過程
- 2027年5月まで ── 改正薬機法施行。健康増進支援薬局の認定基準・研修要件の告示
- 令和9年度 ── 簡易歯科健診の制度上の位置づけ、後期高齢者支援金の加算・減算制度への追加
- 令和10年度 ── 健康増進法上の制度化の検討
最後に
U.E.N.O.Planに薬局の名前がなかったことを、私は悲観していません。
制度に名前が書かれるのを待つ、という選択もあります。日薬が頑張ってくれるのを待ち、点数がついてから動く。それはそれで合理的です。実際、多くの薬局はそうするでしょう。
でも、制度の名前は、実績のある者の上に書かれます。
イギリスの血圧サービスは、パイロットから正式サービス化まで10か月でした。フランスのキット交付も、現場が先に動き、協定が後から追いつきました。順番は、いつもそうです。
いま、あなたの薬局の目の前を、健診を受けていない人が通り過ぎています。歯医者に1年以上行っていない人が、湿布を買いに来ています。更年期の不調を「歳のせい」だと思って、鎮痛薬を選んでいる人がいます。
その人に、一言かけて、記録を取る。
一歩目は、それだけです。設備も、認定も、予算も要りません。半年後、その記録が、あなたの薬局と自治体をつなぐ唯一の材料になります。
そして、次の一歩は、健康増進や疾病予防の数値的なエビデンスを示すことよりも、金額を示した方が世の中の納得感・説得力は大きいのではないでしょうか。地域薬局や薬剤師の地域貢献の金銭的価値として理解をしてもらうことです。
地域貢献を、ボランティアで終わらせないために。
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