「うちで1か月分抱えればいい」の先へ
── シクロスポリン騒動から考える、地域で薬を守るという発想
近所にサンススクリーンのヘチマが二階のベランダまで届いて大きな黄色の花を咲かせ、今年もいよいよ夏本番だなと思う今日この頃です。ペーパー薬剤師とはいえ現場の空気は追いかけていて、最近ちょっと考えさせられる相談を受けました。免疫抑制剤のシクロスポリンをめぐる、在庫と需給の話です。
きっかけは小さな出来事でした。ある後発品メーカーがシクロスポリンの一部規格を限定出荷に切り替え、「在庫を確保しておこうと需要が一時的に伸びているのでは」という相談です。調べてみると、これは一つの薬の話にとどまらず、いま薬局業界が向き合っている構造そのものを映していると感じました。今日はその話を、あまり専門用語に寄りかからずに書いてみます。
そもそも何が起きているのか
2026年6月に施行された調剤報酬改定で、「地域支援・医薬品供給対応体制加算」という長い名前の加算が新設されました。従来の地域支援体制加算と後発医薬品調剤体制加算を一本化したもので、その施設基準の中に、静かに、しかし重い一文が入りました。
「重要供給確保医薬品のうち内用薬及び外用薬であるものは、1か月分程度の備蓄をするよう努めること」
重要供給確保医薬品というのは、改正医療法にもとづいて厚生労働大臣が指定した、供給が途切れると国民の生命・健康に重大な影響が出る医薬品のことです。シクロスポリンの内用剤も、この指定リスト(A群)に入っています。つまり全国の算定薬局が、自局で直近1年間に調剤実績のある重要供給確保医薬品について、いっせいに「1か月分の現物を棚に置く」方向で在庫を積み増しはじめた、というのが今の局面です。
ここで大事なのは、この「1か月備蓄」が薬局に課された法的義務ではないという点です。医療法上の義務(増産指示など)はあくまで製薬会社側にかかるもので、薬局に関係するのは調剤報酬の施設基準上の「努力規定」にすぎません。それでも加算を算定したい薬局にとっては事実上の準義務であり、だからこそ現場は真面目に在庫を積みにいきます。
善意の積み増しが、需給を揺らす
ここに、供給学でよく知られる「ブルウィップ効果」という現象が重なります。ムチの持ち手をほんの少し振っただけで、先端は大きくしなる。あの動きです。
末端の一軒一軒の薬局が「念のため少し多めに持っておこう」とほんの少し発注を上乗せする。その注文が卸に集まり、卸がメーカーに発注するころには、需要のさざ波が大きなうねりになっている。実際の患者数はほとんど変わっていないのに、流通の川上に行くほど発注量が増幅されていく。今回のシクロスポリンで起きているのは、まさにこれだと私は見ています。
しかも今年はタチが悪いことに、三つの波が同じ時期に重なりました。ひとつは今お話しした新加算による備蓄の積み増し。もうひとつは、8月の医療機関の休診や患者さんの帰省を見越した夏季の長期処方。そして、一部メーカーの限定出荷を受けた他社品へのシフト。三つが足し算ではなく掛け算のように効いて、局所的な逼迫感を生んでいます。
ここで冷静に押さえておきたいのは、こうした需要増にはかなりの割合で「一過性の成分」が含まれているということです。各薬局の棚が目標水準まで満ちれば、積み増しの発注は反動的に減っていく。これは実需の増加とは性質が違います。にもかかわらず、逼迫の情報が回ると心理的な発注がさらに乗り、メーカーと卸を疲弊させていく。善意が善意のまま、供給網を痛めつける構図です。
「自分の薬局を守る」の限界
ここからが本題です。「1か月分を自局の棚に」という発想は、突き詰めると各薬局が個別最適を追い求める発想です。もちろん施設基準がそう求めている以上、無視はできません。でも、一軒一軒がバラバラに在庫を抱え込む世界を想像してみてください。
同じ地域に10軒の薬局があれば、同じ薬が10か所の棚で1か月分ずつ眠ることになります。使われないまま期限を迎える薬も増える。発注はいたずらに膨らみ、卸への急配依頼も増える。そして肝心なとき ── ある薬局で在庫が切れて患者さんが困っているとき ── 隣の薬局の棚に余っていても、そのことを誰も知らない。これは在庫を「持っている」のに「活かせていない」状態です。
改定はこの矛盾に、実はもう答えを示しています。同じ加算の施設基準の中に、地域フォーミュラリへの参画が「望ましい」と明記されました。他薬局への分譲実績も評価の対象に入りました。国が薬局に問うているのは「あなたの薬局はどれだけ在庫を抱えているか」ではなく、「あなたの薬局は地域の供給網の一部として機能しているか」です。
発想を「点」から「面」へ
そこで提案したいのが、在庫を自局の問題から地域の問題へと引き上げる、二つの取り組みです。
ひとつは、地域での医薬品在庫・備蓄状況の共有です。地域の薬局同士が、いま何をどれだけ持っているかを見える化して共有する仕組み。理想はリアルタイムに在庫を照会できるシステムですが、いきなりそこを目指さなくても、地区薬剤師会を単位にして、重要供給確保医薬品や供給不安品目に絞った在庫の相互照会から始められます。「うちは切れたが、あそこに5日分ある」が分かるだけで、患者さんを走らせずに済み、卸への急配も減る。地域全体で見れば、抱える総在庫はむしろ減らせます。10軒がそれぞれ1か月持つより、地域として2か月分を賢く回すほうが、はるかに強い。災害時医薬品供給の枠組みが各都道府県に整っていることを考えれば、平時からその縮小版を回しておく意義は大きいはずです。
もうひとつは、地域フォーミュラリの構築に薬局が前のめりになることです。フォーミュラリというと「使う薬を制限される」と身構える先生方もいますが、本質は違います。地域で「この効能にはまずこの薬」という緩やかな標準を医師・薬剤師で共有しておけば、処方が特定の品目に集約され、在庫の予測が立てやすくなる。品目が絞れれば備蓄も回しやすい。供給不安が起きたときも、代替の道筋が地域であらかじめ合意できていれば、慌てずに切り替えられます。供給の安定と、在庫の効率と、フォーミュラリは地続きの話なのです。
そして、この面の取り組みを地域で誰が音頭を取るのか。ここにこそ、薬局薬剤師の出番があります。医薬品の在庫と流通を毎日肌で扱っているのは、ほかならぬ私たちです。医師に「この薬が逼迫しています、代替はこうです」と最初に気づいて伝えられるのも、地域の在庫を横につなぐ発想を持てるのも、薬剤師をおいて他にいません。
薬を「もっと持つ」時代から「賢く回す」時代へ
シクロスポリンの一件は、いずれ落ち着くと思います。棚が満ちれば発注は減り、需給は平常に戻る。けれど、また別の薬で同じことが起きる。重要供給確保医薬品の指定はこれからも増え、供給不安が構造的に居座るなかで、私たちは何度でもこの局面に立たされます。
そのたびに一軒一軒が在庫を抱え込んでメーカーと卸を困らせるのか、それとも地域として在庫を見える化し、フォーミュラリで処方を整え、面で薬を守るのか。改定が薬局に「地域で何ができるか」を問うている以上、答えは決まっているように思います。
薬を「もっと持つ」で解こうとすると、供給網はきしみます。「賢く回す」に発想を変えたとき、はじめて薬局は地域医療のインフラになれる。ペーパー薬剤師の立場から、そんなことを考えた夏の入り口でした。
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