
世界の薬局規制はどう変わっているのか?
―薬機法改正から考える、日本の薬局経営の未来―
はじめに|薬機法は薬局を縛る法律なのか?
薬局経営者や薬剤師にとって、法律は身近でありながら、意外に理解しにくいものです。
「薬剤師でなければできない」「薬局の許可が必要」「法律で決まっているから変更できない」
こうした言葉を日常的に耳にします。
しかし、私は以前から一つの疑問を持っています。
薬機法は、本当に薬局を制限するだけの法律なのでしょうか。
薬機法の正式名称は「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」です。
簡単にいえば、医薬品の品質・効果・安全性を確保し、国民の健康を守るための法律です。
そして、薬局の開設には許可が必要であり、調剤は原則として薬剤師に認められた業務です。なお、薬剤師による調剤の原則は主に薬剤師法に定められています。
つまり、薬局や薬剤師は、法律によって一定の専門的な事業領域を認められているのです。
私は、ここに今後の薬局経営を考える重要なヒントがあると思います。
法律は制約であると同時に、薬局が競争優位を築くための経営資産にもなる。
世界の薬局規制を比較しながら、この考え方を検証してみたいと思います。
1.世界の薬局規制はどう違うのか
世界の薬局規制は、国によって異なります。
しかし、どの国も医薬品の安全性を確保し、患者に適切な医薬品を届けることを基本的な目的としています。
違いがあるのは、その目的を実現する方法です。
|
国・地域 |
主な特徴 |
日本への示唆 |
|
日本 |
薬局許可、薬剤師による調剤管理 |
専門性と業務効率化の両立 |
|
米国 |
州ごとに薬剤師の業務範囲が異なる |
薬剤師の臨床業務の拡大 |
|
英国 |
調剤工程の集約、薬剤師の処方権限 |
対物業務と対人業務の分担 |
|
EU |
加盟国ごとの規制と共通ルール |
安全管理と制度の共通化 |
|
中国 |
医薬品流通管理とデジタル化 |
供給体制の効率化 |
|
インド |
ジェネリック供給と品質管理 |
安定供給と品質保証 |
|
韓国 |
医薬品流通管理とデジタル化 |
医薬品情報の活用 |
※米国は州ごと、EUは加盟国ごとに制度が異なります。表は各国の制度的特徴を簡略化したものです。
注目したいのは、薬剤師の仕事を増やすだけでなく、薬剤師が専門性を発揮するために、従来の業務の仕組みを見直す動きです。
2.英国では調剤作業を集約し、薬剤師を患者対応へ
英国では「Hub and Spoke(ハブ・アンド・スポーク)」という調剤方式が導入されています。
難しい言葉ですが、仕組みは簡単です。
例えば、地域に5店舗の薬局があるとします。
従来は、それぞれの薬局で薬を取りそろえ、包装し、患者に渡す準備をしていました。
Hub and Spokeでは、一定の調剤作業を設備の整った拠点にまとめ、地域薬局は患者対応に重点を置きます。
英国では2025年10月から、異なる法人の薬局間でも一定の条件のもとで利用できるようになりました。
もちろん、薬剤師の確認や品質管理が不要になるわけではありません。
重要なのは、薬剤師の専門的な責任を維持しながら、作業の場所や分担方法を変えることです。
これは中小薬局にとっても参考になります。
調剤設備への投資を共同化し、薬剤師が患者の服薬状況の確認や薬物療法の評価に時間を使えるようになれば、経営のあり方も変わる可能性があります。
ただし、共同化には委託費、配送費、品質管理などの負担も生じます。必ずしもすべての薬局に有利とは限りません。

3.日本でも調剤業務の一部外部委託が始まる
日本でも、薬局の業務分担に関する制度改革が進んでいます。
2025年の薬機法改正により、一定の条件のもとで調剤業務の一部を他の薬局に委託する制度が設けられました。
2026年10月時点では、2027年5月20日の施行が予定されています。
当面は一包化業務が対象となり、委託先は同一都道府県内の薬局に限定される仕組みです。
例えば、一包化設備を持つ薬局が、近隣の複数薬局から一定の業務を受託することが考えられます。
これにより、設備投資の重複を減らし、薬剤師が患者対応に使える時間を増やせる可能性があります。
ただし、自由に調剤を外部委託できるわけではありません。許可や安全管理、患者への説明・同意などの要件を満たす必要があります。
私は、この改正を単なる業務効率化ではなく、薬局経営の新しい選択肢として捉えています。
これまでの薬局は、個々の店舗で設備や人員を確保することが基本でした。
しかし、今後は地域の薬局が一部の業務を共同化することで、小規模薬局でも専門的な患者対応に集中できる可能性があります。
4.英国では薬剤師が処方する制度もある
英国には「Independent Prescribing(独立処方)」という制度があります。
所定の教育と資格要件を満たした薬剤師が、自らの専門的な判断と責任で医薬品を処方できる仕組みです。
ただし、すべての薬剤師が無条件にあらゆる医薬品を処方できるという意味ではありません。
適切な教育、臨床能力、責任体制が前提です。
一方、日本の薬剤師は、医師の処方箋に基づく調剤、疑義照会、処方提案などを行いますが、一般的な医療用医薬品の処方箋を独立して発行する権限はありません。
私は、将来的には、安定した慢性疾患患者の継続的な薬物療法などについて、医師との連携を前提に、薬剤師の関与をさらに広げる可能性を検討してもよいのではないかと考えています。
もちろん、現行法で認められていない行為を独自に実施することはできません。
対象患者、教育、医師との情報共有、緊急時の対応、責任の所在などを明確にした制度設計が必要です。
重要なのは薬剤師の権限拡大そのものではありません。
患者が安全に治療を続けられる仕組みをつくることです。
5.私見|薬機法は薬局の競争優位を生む経営資産である
私は、薬局経営者や薬剤師が薬機法を「自分たちの業務を制限する法律」としてだけ捉えることには疑問を感じています。
なぜなら、薬機法や薬剤師法による規制があるからこそ、薬局や薬剤師には、一般事業者が簡単には参入できない事業領域が存在するからです。
薬局の開設には許可が必要であり、調剤は原則として薬剤師に認められた業務です。
経済学的にいえば、これは「参入障壁」です。
つまり、薬局や薬剤師は法律によって一定の競争上の優位性を持つ立場にあると考えられます。
しかし、ここで満足してはいけません。
薬局の許可や薬剤師資格を持っているだけでは、他の薬局との差別化はできないからです。
私は、薬機法が求める医薬品の品質・有効性・安全性の確保、適正使用、安定供給といった目的を、積極的に事業へ転換することが重要だと考えています。
例えば、薬剤師の専門性を生かした薬物療法の継続管理、在宅医療支援、地域医薬品供給、PHRを活用した健康増進事業などです。
これらを患者との継続的な関係、医療機関との連携、医薬品管理能力と組み合わせることで、一般の健康関連企業には模倣しにくい事業モデルを構築できる可能性があります。
これは法律上の独占ではありません。
しかし、専門資格、医療安全への信頼、地域連携、継続的な患者接点を組み合わせた「競争優位」は形成できると考えます。
薬機法は、守るだけの法律ではなく、その目的を事業として実装することで、薬局の競争力を高めるための経営資産にもなるのです。
6.薬機法の目的を事業化する4つのモデル
具体的に、どのような事業が考えられるでしょうか。
|
事業モデル |
薬局の強み |
競争優位を高める方法 |
|
薬物療法マネジメント |
薬剤師の専門性 |
薬剤レビュー、処方提案、継続フォロー |
|
在宅医療支援 |
調剤・医薬品管理 |
医師・訪問看護との連携 |
|
地域医薬品供給 |
薬局許可と医薬品管理能力 |
共同在庫、災害対応、地域供給網 |
|
健康増進・PHR事業 |
患者接点と薬学的知識 |
健診情報の活用、受診勧奨、継続支援 |
これらは、薬局だけに独占が認められる事業ではありません。
しかし、薬局の制度的な強みと、他の事業者にはない専門性を組み合わせることで、独自の競争優位を築く余地があります。
例えば、健康相談だけであれば、一般の健康関連企業でも実施できます。
しかし、薬剤師が服薬情報を確認し、薬物療法上の問題を評価し、必要に応じて医師に情報提供し、その後も継続して患者を支援することには、薬局ならではの強みがあります。
ここに、薬局が単なる処方箋受付業務から発展する可能性があると考えています。
7.規制緩和を待つのではなく、規制改革に必要な根拠をつくる
では、薬局や薬剤師は、今後の制度改革に対して何ができるのでしょうか。
私は、法律が変わるのを待つだけでは不十分だと考えています。
重要なのは、現行法の範囲で新しい業務方法やサービスを実装し、その成果を示すことです。
例えば、調剤ロボットを導入した薬局で、調剤作業時間が減少し、調剤過誤が増えず、薬剤師の患者対応時間が増加したとします。
こうした結果を客観的に示せれば、将来の業務分担の見直しを検討する材料になります。
また、薬剤師による継続的な服薬支援によって、重複投薬の解消、副作用の早期発見、服薬継続率の改善などが確認できれば、薬剤師の専門的役割を拡大する議論にも役立つでしょう。
ただし、効果が確認されたからといって、自動的に規制緩和が認められるわけではありません。
患者の安全性、医療職種間の役割分担、法体系との整合性などを踏まえた制度上の検討が必要です。
8.薬局が制度改革を後押しする5つの行動
私は、中小薬局でも次の取り組みは始められると考えています。
第一に、業務を分解すること。
調剤、監査、服薬指導、在庫管理、記録作成などの業務を整理し、薬剤師の専門的判断が必要な仕事と、標準化・機械化できる仕事を区別します。
第二に、安全性と経済性を測定すること。
調剤過誤、作業時間、設備費、人件費、患者の待ち時間などを測定します。
第三に、薬剤師の臨床的成果を記録すること。
疑義照会件数だけでなく、処方変更による患者への利益や、継続的な服薬支援の成果を確認します。
第四に、地域単位で連携すること。
薬局、医療機関、医薬品卸、行政などが連携し、医薬品供給や在宅医療の課題を共有します。
第五に、改善提案を行うこと。
薬剤師会、学会、行政などを通じて、現場で得られたデータを制度改革の検討材料として提供します。

9.私見|薬局は「規制に守られる存在」から「制度を進化させる存在」へ
私は、今後の薬局経営には3つの段階があると考えています。
第一段階は、法律に基づく薬局許可や薬剤師資格を活用することです。
第二段階は、その専門性を在宅医療、健康支援、医療DX、地域連携などに展開し、他の事業者には模倣しにくい競争優位を築くことです。
そして第三段階は、実際の事業成果を示し、制度改革の議論に貢献することです。
この第三段階まで進むことができれば、薬局は単に規制に対応する事業者ではなく、医療提供体制の改善に関わる存在となります。
ただし、規制改革の目的は特定の薬局に独占的な利益を与えることではありません。
患者の安全性、医薬品へのアクセス、医療の持続可能性を高めることが前提です。
薬局が利益を得ることと、社会に必要な医療機能を提供することを両立させる。
これこそ、薬機法の目的に沿った薬局経営の方向性ではないでしょうか。

おわりに|薬機法を経営戦略として考える時代へ
世界の薬局規制を比較すると、医薬品の安全性を確保しながら、薬剤師の専門性や新しい技術を活用する制度改革が進んでいることがわかります。
英国の調剤工程の集約や薬剤師の独立処方制度は、その一例です。
日本でも、調剤業務の一部外部委託など、薬局の運営方法を見直す制度改革が進んでいます。
私は、これからの薬局経営者には、法律を守るだけでなく、その法律が何を実現しようとしているのかを理解し、経営戦略に取り入れる姿勢が必要だと考えています。
薬機法は、薬局を制約する法律であると同時に、薬局の専門性と信頼を支える制度的基盤でもあります。
その目的を具体的な事業として実装し、患者への価値を証明することで、他業種には模倣しにくい競争優位を築くことができます。
さらに、その成果を社会に示すことで、将来の制度改革に貢献できる可能性もあります。
「規制を守る薬局」から、「規制の目的を事業化し、制度の進化に貢献する薬局」へ。
この発想の転換が、人口減少時代における中小薬局の新しい経営戦略になると考えています。
0 件のコメント:
コメントを投稿