財政審が示す社会保障改革と薬局の未来 第3部
診療所が変われば、門前薬局はどうなる?
――管理料改革・物価高・長期処方が引き起こす連鎖

はじめに|薬局にとって最も怖いのは、薬局の点数ではないかもしれない
薬局経営者は、調剤報酬改定が近づくと調剤基本料や加算の行方を熱心に調べる。だが、処方箋を発行する診療所の経営環境がどう変わっているかについては、十分に目を向けているだろうか。私は、今後の門前薬局にとって、調剤報酬の数点の変更以上に、処方元の診療所が診療方法や経営方針を変えることの方が大きな影響を及ぼす可能性があると考えている。
診療所が長期処方を増やす。外来診療の時間配分を変える。在宅医療に軸足を移す。後継者が見つからず閉院する。あるいは院内処方を再検討する。どれも薬局の受付枚数、患者構成、連携のあり方を変え得る。薬局の損益計算書だけを見ていては、経営リスクの半分を見落とすのではないか。
1|黒字企業割合は約7割から約5割へ。何が起きているのか
▶図9:診療所の経営環境はどう変わる?

TKCのBAST速報版に掲載された無床診療所の黒字企業割合は、2021年11月~2022年1月決算で73.9%、2024年1~3月決算で71.2%、2026年5~7月決算で49.6%だった。初期の約7割から直近の約5割へ、24.3ポイントの差がある。私は、この数字を見て診療所の経営環境が変化している可能性に注目した。
ただし、正確な読み方が必要だ。TKCの「黒字企業」は一定の利益・純資産条件を満たす企業であり、黒字企業割合が49.6%だからといって全国の無床診療所の50.4%が赤字とは言えない。各期の集計対象企業も同一とは限らない。この数字だけで診療報酬改定が経営悪化を引き起こしたと断定することもできない。それでも、数回の改定を挟んだ期間に、集計上の黒字企業割合が大きく異なっていることは、考察の出発点になる。
比較する時期にも注意したい。2021年末から2022年初めはコロナ禍であり、発熱外来、検査需要、診療報酬の特例、補助金などが一部の診療所の収益を押し上げた可能性がある。その特殊要因が薄れたことと、その後の改定や費用上昇が重なったことは区別して考えるべきだ。私はこの数字を「診療報酬改定のせいで診療所の半数が赤字になった」という証拠には使わない。「従来の収益環境を前提にできなくなっているのではないか」という問いを提示する材料として使いたい。
2|2022・2024・2026年度改定で変わった診療所の経営前提
2022年度にはリフィル処方箋が制度化された。患者の状態が安定している場合などに、医師の判断により一定の期間、同じ処方箋を反復利用できる仕組みである。導入の是非が論点だったものが、いまは普及や適切な運用の問題になっている。制度ができても普及が進まなければ、経営や患者行動への影響は限定的だ。しかし、制度が存在すること自体が、将来の政策選択肢を広げている。
2024年度改定では、高血圧症、糖尿病、脂質異常症が特定疾患療養管理料の対象から外れ、生活習慣病管理料の体系が再編された。一般的な処方箋料も68点から60点へ引き下げられた。慢性疾患を診療する診療所にとって、従来の算定構造を見直す契機になった。一方、生活習慣病管理料の再編はすべての診療所に一律の減収をもたらしたわけではない。患者構成、算定状況、診療内容によって影響は違う。
2026年度改定でも、生活習慣病管理料の評価や包括範囲などが見直されている。オンライン資格確認、医療DX、電子カルテ情報の標準化に向けた対応も、診療所にとって無視できない。制度によって義務化の範囲や時期は異なるが、診療と事務の両面で新たな対応が必要になっている。診療報酬の改定率だけを見て「プラスだから安心」とは言えない理由がここにある。
3|収入が変わる一方で、支出も増える
診療所の経営は、診療報酬だけで決まらない。看護師や医療事務の賃金、医療材料、光熱費、家賃、保守契約、電子カルテやセキュリティ対応など、支出項目も変化している。売上高が伸びても、それ以上に費用が増えれば利益は減る。TKCの直近データで売上高の対前年比が102.0%と示されていても、それだけで経営が楽になったとは言えない。
一方で、診療報酬改定には賃上げや物価高に対応する措置も含まれている。すべての政策が診療所の収益を削る方向だと描くのは不正確だ。重要なのは、収入の増減と費用の増減が診療所ごとに異なり、従来の経営方法を続けることの難しさが増している可能性だ。
診療所の院長は医師であると同時に経営者でもある。スタッフの確保が難しければ診療時間を見直すかもしれない。設備投資が重ければ承継をためらうかもしれない。慢性疾患患者の管理方法を変え、受診頻度や処方日数を再検討することもあり得る。薬局から見れば、こうした判断が処方箋の流れを変える。
4|長期処方とリフィル処方は、薬局に同じ影響を与えるのか
ここは混同しやすい。長期処方では、たとえば30日分を毎月処方されていた患者が60日分を2か月ごとに受け取るようになれば、年間の処方箋受付回数は単純計算で12回から6回になる。患者数が変わらなくても受付枚数は半減し得る。もちろん薬剤費、処方日数に応じた報酬、服薬管理の負担などは別に考える必要があり、売上が半減するという意味ではない。
一方、リフィル処方箋は1枚の処方箋を複数回使用する仕組みであり、薬局での調剤機会が直ちに半減するわけではない。受診回数は減っても薬局での服薬状況確認や調剤が続く場合がある。むしろ薬剤師には、医師への情報提供や、次回調剤が適切かの確認など、従来とは違う役割が求められる。
それでも、長期処方の普及や受診間隔の変化が、受付回数を基盤とする薬局経営に影響することは十分考えられる。慢性疾患患者が多く、特定の診療所に集中している薬局ほど、その影響を受けやすい。将来の受付枚数が20%減る、30%減るといった数字を全国一律の予測として掲げることはできないが、自局の患者構成に応じたシナリオ分析には意味がある。
5|診療所の開業・閉院・承継が変われば、門前薬局の立地価値も変わる
▶図10:医師偏在対策が薬局の立地に波及する

財政審は、医師偏在や都市部の診療所集中にも問題意識を示している。診療所の新規開業に対する届出・要請などの仕組み、保険医療機関指定や地域ごとの診療報酬のあり方に関する議論は、医師の配置と外来医療の供給体制をどうするかという問題につながる。ただし、提言されている規制と実際に施行された制度は区別しなければならない。
薬局の側から見れば、診療所の新規開業は門前・医療モールの出店機会でもある。もし都市部で新規開業が慎重になり、既存診療所の承継や統合が進めば、薬局の出店モデルにも影響するだろう。反対に、医療機関が不足する地域では、新たな診療所の誘致や多職種連携が重要になるかもしれない。すべての地域で同じ変化が起きるわけではない。
さらに大きいのは、既存の診療所の閉院リスクである。特定の診療所から処方箋の大半を受け取る薬局にとって、院長の引退や診療科の変更は、調剤報酬の数点の改定より大きな打撃になり得る。門前薬局は医療機関の近くにあることが強みだった。しかし、その強みは同時に、特定の処方元への依存という弱みにもなる。
6|院内処方への回帰は起こるのか
診療所の経営が厳しくなれば、院内処方への回帰を検討する医療機関が出てくるのではないか。これは私が注目しているシナリオの一つだ。2024年度改定で一般的な処方箋料が68点から60点に引き下げられたことは、院外処方を行う医療機関の報酬構造を考える材料になる。ただし、処方箋料だけで院内外の採算を比較することはできない。薬剤の仕入れ、在庫、調剤設備、人員、待ち時間、医薬分業の意義など、多くの要素がある。
したがって「診療所の経営が悪くなれば院内処方に戻る」と断定するつもりはない。しかし、これまで当然と考えていた院外処方の仕組みを、医療機関側が経営の視点から見直す可能性を、薬局が考えておくことには意味がある。処方箋を出す側の判断を、薬局が完全にコントロールすることはできないからだ。
7|診療所の経営難は、薬局にとって新しい仕事の入口にもなる
ここまでリスクを挙げたが、私は診療所の変化を薬局にとって悪い話だけだとは考えていない。診療所が限られた人員で慢性疾患患者や在宅患者を支えるなら、薬局が服薬継続、残薬、相互作用、副作用の兆候、生活状況などを把握し、医師へ必要な情報を返す価値は高まる。診療所の負担を軽くする薬学的支援は、処方箋を待つだけの関係とは違う。
ただし、薬局が医師の診療行為や診療報酬の要件を肩代わりできるわけではない。医師の医学的判断、薬剤師の薬学的管理、看護師やケアマネジャーの生活支援には、それぞれの専門性と責任がある。患者の同意と適切な情報共有を前提に、何を連携し、何を各職種が担うのかを明確にする必要がある。
私が考える門前薬局の次の競争力は、診療所から近いことだけではなく、診療所の経営課題と患者の生活課題の双方を理解していることだ。たとえば長期処方が増えるなら、受診の間に起きる服薬問題を薬局が発見する。高齢患者の残薬が増えるなら、訪問看護やケアマネジャーと情報をつなぐ。医師が在宅診療に力を入れるなら、薬剤師が薬学的管理の負担を分担する。これは、単に加算を取りに行くという話ではない。
原案の論拠と考察を深める
【原案の核心を復元】処方箋の川上で何が起きているか
薬局経営者は自局の調剤報酬を細かく追う。しかし、私がより気にしているのは、処方箋を発行する診療所の経営モデルそのものだ。2022年度のリフィル処方箋制度、2024年度の生活習慣病管理料再編と処方箋料引下げ、2026年度の見直し、さらに医療DX対応や賃上げ・物価上昇。これらは同じ原因から生まれたわけではないが、診療所には同時に降りかかる。収益の入り方と費用の出方が変われば、院長は診療時間、患者フォロー、処方日数、スタッフ配置、事業承継を見直す。その変化を門前薬局が受け止める。これが原案の『玉突き現象』である。
コロナ禍の数字と現在の数字をどう比べるか
TKCの無床診療所データでは、黒字企業割合が令和3年11月~令和4年1月決算で73.9%、令和6年1~3月決算で71.2%、令和8年5~7月決算で49.6%となっている。約70%から約50%への変化は印象的だ。ただし、対象企業が毎期同一とは限らず、TKCの黒字企業の定義も全国の診療所の赤字割合とは異なる。コロナ禍には感染症対応の特例的な収益や補助金などもあった。したがって、この変化を診療報酬改定のせいだと断定しない。それでも、コロナ期の特殊な経営環境を経て、現在の診療所経営を以前と同じ前提で見られなくなっていることを考える材料にはなる。
長期処方とリフィルは、同じではない
例えば慢性疾患患者が28日処方から56日処方に変われば、病状が安定していて受診間隔も延びる場合、年間の処方箋発行回数は減り得る。ただし、処方日数が延びても受診頻度が必ず同じ割合で減るわけではない。リフィル処方箋は一枚の処方箋を所定の回数に分けて使う仕組みで、薬局では各回に調剤と薬学的管理が発生する。したがって「リフィルが増えると薬局受付が必ず半減する」という説明は誤りだ。薬局への影響を考えるなら、発行枚数、実際の調剤受付回数、患者接点、調剤技術料を分けて見る必要がある。
新規開業の制約は、医療モールの事業計画にも響く
都市部で診療所の新規開業に対する届出や地域医療への協力要請が強まれば、医療モールを前提にした出店計画にも不確実性が増す。さらに薬局側で立地依存に対する報酬評価が見直されれば、「医師を誘致し、その門前に薬局を置く」という従来の投資回収モデルは二重の政策リスクを抱える。ただし、医師の開業が一律に禁止されたわけではなく、地域・対象・手続・指定の扱いは制度ごとに異なる。原案の『開業規制でモール開発が終わる』という言い切りは、投資判断を変え得るリスクという形で残す。
診療所の経営難は、薬局にとって機会にもなる
私は、診療所を単なる処方箋の供給元として見る発想から離れるべきだと思う。院長が長期処方を増やすなら、その間の服薬状況や副作用、残薬、生活変化を薬局が把握し、必要に応じて処方医へ情報提供できる。高齢患者の在宅移行が進むなら、訪問看護やケアマネジャーと連携し、薬学的な課題を拾える。重要なのは、医師の診療報酬算定要件を薬局が代わりに満たせると約束しないことだ。医療機関自身が担うべき機能と、薬局が支援できる機能を分けて、患者の安全と診療所の業務負担軽減を両立させたい。
【私見】門前薬局の危機は、診療所の側からやって来る
私が警戒しているのは、診療所が赤字か黒字かという一点ではない。コロナ禍の特殊な収益環境が過ぎ、ここ数回の改定で管理料や処方箋料の体系が変わり、人件費や材料費が上がり、DX対応も求められる。こうした変化が重なれば、診療所の院長は診療と経営の両方を見直さざるを得なくなるかもしれない。その判断が、門前薬局の処方箋枚数や店舗の存続を左右する。
薬局が自分たちの調剤報酬だけを見ていると、変化の原因を見誤る。処方箋を発行する医療機関が何に困り、どんな選択肢を考えているか。そこを理解し、患者にとって必要な連携を提案できる薬局には、別の未来があるのではないか。私は、診療所の経営環境の変化を「薬局の危機」としてだけでなく、「門前依存から地域連携へ移る契機」として捉えたい。
参考資料
TKC「BAST速報版(206業種12分析項目)」無床診療所、各決算期間の黒字企業割合(提供データ)
https://www.tkc.jp/tkcnf/bast/sample/
厚生労働省「医療経済実態調査」 https://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/database/zenpan/iryoukikan01.html
厚生労働省「2022・2024・2026年度診療報酬改定資料」
👉【note版】:財政審が示す社会保障改革と薬局の未来 第3部 診療所が変われば、門前薬局はどうなる?https://note.com/kij_imai/n/n6aa498ae6460