薬局ビジネスとしての治験支援薬局
―24年前には早すぎた。今、薬局が「薬が生まれる前」から関わる時代へ―
私は24年前、薬局の経営責任者になった時、一度「治験を薬局の新しいビジネスにできないか」と考えたことがあります。治験支援に関してビジネスとするためには、様々なハードルがあり困難であることは承知していましたが、薬剤師の研修に課題を持つ私にとって、治験支援が叶う薬剤師の育成が将来の薬剤師の対人業務の育成として最適で、効率的なのではないかというのが本音でした。ドラッグストア企業として、薬剤師の質は差別化として最強であり、何よりレベルの高い薬剤師を確保することも期待されると。
しかし当時は断念しました。
理由は明確でした。
治験は大学病院などが中心で、薬局が参加する制度的位置付けが弱い。薬剤師の臨床能力にも差がある。さらに治験で不可欠な「誰が、いつ、何を行ったのかを第三者が検証できる記録」を、薬局が高い信頼性で保証することも容易ではありませんでした。
ところが24年後、その前提が変わろうとしています。
厚生労働省はDCT(分散型治験)の制度整備を進め、実施医療機関以外の、適切な契約を結んだ「研究開発支援薬局」への治験薬交付を認め、薬局が治験薬の交付だけでなく、被験者の健康状態を管理する構想を示しています。
そして2026年9月、中井清人大臣官房審議官(医薬担当)が「治験支援薬局」を「創薬の新たな流れ」と位置付けました。
これは薬局経営にとって何を意味するのでしょうか。
【図①】「24年前には早すぎた。今、治験支援薬局へ」
■治験支援薬局は「全く新しい仕事」ではない
治験と聞くと、多くの薬局経営者は「大学病院の仕事」「うちには無理」と考えるでしょう。
しかし、治験支援薬局に求められる業務を分解すると、現在の「かかりつけ薬剤師」の仕事と非常に近いことに気付きます。
かかりつけ薬剤師は、患者の処方薬・併用薬・副作用・服薬状況等を一元的・継続的に把握し、服薬期間中もフォローして必要な情報を医師へ提供します。
治験支援ではこれが、
Ø 患者情報管理 ➡ 治験薬+併用薬管理
Ø 服薬フォロー ➡ プロトコルに基づくフォロー
Ø 副作用確認 ➡ 有害事象(AE)の兆候確認
Ø 残薬確認 ➡ 治験薬Accountability
Ø 医師への情報提供 ➡ 医師・CRCとの連携
Ø 薬歴 ➡ GCP水準の追跡可能な記録
へ高度化します。
つまり、
かかりつけ薬剤師機能+GCP+品質管理=治験支援薬剤師
と考えればよいのです。
【図②】「実は、ゼロから始める仕事ではない―かかりつけ薬剤師→治験支援薬剤師」
■すべての新薬を薬局で扱うわけではない
もう一つ理解しておく必要があります。
これからの新薬は、経口低分子薬だけではありません。
抗体医薬品、自己注射製剤、核酸医薬品、細胞・遺伝子治療などモダリティが多様化します。
経口薬なら「薬局交付+自宅服用+フォロー」との親和性が高い。一方、点滴型バイオ医薬品なら投与は医療機関で、薬局は投与後のフォロー等を担う可能性があります。細胞・遺伝子治療では高度専門医療機関が中心でしょう。
したがって経営者が考えるべきなのは、
「治験をやるか、やらないか」ではなく、「自分の薬局は、どの創薬領域を支援できる薬局になるのか」
です。
■治験支援薬局はいくら稼げるのか
現時点で治験支援薬局の公定価格・標準委託価格はありません。
したがって以下は予測ではなく、仮に、
基本契約15万円/治験
+ 管理2.5万円/月 + Visit対応1万円 + 非来局フォロー5,000円
という「固定費+タスク+Visit型」で受託した場合の経営シミュレーションです。
年間3症例程度なら売上約63万円で、教育・品質管理等を含めれば赤字になる可能性があります。
u 10症例なら売上約150万円、損益分岐付近。
u 32症例なら約468万円、事業貢献利益約210万円。
u 72症例なら約918万円、事業貢献利益約460万円。
つまり治験支援は、
n 数症例=教育投資
↡
n 10~20症例=損益分岐
↡
n 30症例以上=新規事業
↡
n 70症例以上=治験支援部門
という成長モデルで考える方が現実的です。ただし、本当に重要なのはこの直接収益だけではありません。
■治験で稼ぐのではなく「治験を使って薬局を強くする」
治験支援薬局には少なくとも7つの経営価値が考えられます。
① 製薬企業・CRO・SMO等からのB2B収益
② 病院・専門医との関係構築による面処方の拡大
③ 処方元多様化による集中率低下の可能性
④ かかりつけ患者との継続的接点強化
⑤ GCP・臨床・安全性管理による薬剤師教育の高度化
⑥ 新薬・バイオ・核酸・細胞治療等「育薬」の知識蓄積
⑦ 病院・製薬企業・CRO/SMOとの医療ネットワーク形成
特に②③は重要です。
例えば月1,000枚のうち特定クリニック800枚なら集中率80%です。
治験を契機に基幹病院・専門医等との関係が広がり、他施設から月100枚の面処方が増えれば、処方箋は1,100枚となり、集中率は72.7%まで低下します。
もちろん、治験参加だけで処方箋が増えるわけではありません。
しかし、
治験 ➡ 専門医療機関との連携 ➡ 薬局の専門性向上 ➡ 患者からの選択 ➡ 面処方拡大
という経営導線は考えられます。
【図③】「治験支援薬局が生み出す7つの経営価値」
■薬剤師教育が「コスト」から「経営資産」になる
治験に対応するには、GCP、プロトコル、安全性情報、AE、併用薬、薬物動態、記録、SOP、医師・CRCとの連携を学ばなければなりません。
これは治験だけの能力ではありません。
在宅、高度薬学管理、服薬フォロー、専門医療機関連携にも転用できます。
さらに創薬段階から医薬品に関与すれば、
「どの患者に使う薬なのか」
「どんな副作用に注意するのか」
「患者はどこで治療につまずくのか」
を承認・発売前から経験できます。
これは薬局にとって知的資本になります。
治験収益だけをROIと考えてはいけない理由です。
【図④】「一つの処方元に依存する薬局から、複数の価値を提供する薬局へ」
■管理薬剤師は、まず5つを現場に指示する
制度が確定するまで何もしない必要はありません。基礎的かつ実践的教育の一環としてかなり有用だということです。
私が管理薬剤師なら、まず現場へ次の5つを指示します。
① GCPを学ぶ担当薬剤師を1人決める。
② 冷所・温度・在庫・残薬管理を点検する。
③ 患者フォローを「聞いた」ではなく追跡可能な記録にする。
④ 副作用兆候→医師連絡までのフローを作る。
⑤ 地域の治験実施病院・CRC・SMOを調べる。
高額な設備投資を先にする必要はありません。
まず「治験を任せられる品質の薬局」に近づくことです。
■24年前との最大の違い
24年前は、
「薬局で治験ビジネスをやりたい」
という薬局側からの発想でした。
2026年は違います。
国がDCTを進め、治験システムそのものが地域へ広がろうとしています。
つまり、
「日本の創薬システムが、地域薬局の機能を必要とする可能性が出てきた」
のです。
私は治験支援薬局を単なる新規収益事業とは考えていません。
調剤報酬 + 治験B2B収益 + 面処方 + かかりつけ + 高度薬学管理
+ 人的資本 + 育薬・創薬知識 + 医療ネットワーク
へ、薬局の経営資産を多層化する機会だと考えます。
これまで薬局は「承認された薬を患者へ届ける場所」でした。
これから一部の薬局は、
「薬が生まれる前から、患者と創薬を支える場所」
になるかもしれません。
24年前には早すぎた。
しかし今なら、薬局経営者がもう一度考える価値があります。
「治験でいくら稼げるか」ではなく、「治験を使って、自分たちの薬局をどこまで強くできるか」。
治験に関わるということは、薬剤師教育効果的システム、薬剤師の質が地域での差別化になる。ここから治験支援薬局の経営戦略は始まるのだと思います。
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