8/09/2026

高市政権での財務省改革人事の診療報酬改定への影響予測

 高市政権での財務省改革人事の診療報酬改定への影響予測

―― 「反減税派」宇波弘貴・新財務次官が薬局経営に投げかけるもの

2026年8月7日、財務省の事務方トップである財務事務次官に、宇波弘貴・前主計局長が就任しました。省庁人事は本来、薬局経営とは縁遠い話題に見えます。しかし今回だけは、薬局経営者と病院薬剤部の方々に「必ず押さえておいてほしい人事」だと申し上げたい。理由は単純です。新次官の宇波氏は、私たちが今まさに向き合っている調剤報酬改革の“設計当事者”そのものだからです。

本稿では、宇波次官のプロファイルと、その就任をめぐる高市政権と財務省の政治的な緊張関係を整理したうえで、次期(2028年度)以降の診療報酬・調剤報酬改定にどのような変化が予想されるかを、確度を意識しながら推論します。



1. 宇波弘貴氏とは何者か ―― 「社会保障・調剤報酬のプロ」

まず事実関係を押さえます。宇波氏は1989年に旧大蔵省へ入省し、予算編成の中枢である主計局を軸にキャリアを重ねてきました。単なる主計畑の官僚ではありません。

  • 1996年から2年間、旧厚生省(児童家庭局・保険局)へ出向し、医療保険改革の実務を経験
  • 財務省では厚生労働予算担当の主計官補佐・主計官として、年金・医療保険の査定、高齢者医療制度改革、そして診療報酬・薬価改定に直接関与
  • 主計局次長時代には、75歳以上の窓口負担2割化を含む全世代型社会保障改革を推進
  • 岸田政権では首相秘書官として「こども未来戦略」の取りまとめにも関与

日本経済新聞は次官就任にあたり、宇波氏を**「社会保障のプロ」と位置づけ、主計局長時代を含めて診療報酬改定を7回経験した**と報じています。厚労省の元幹部も「交渉相手はほとんど宇波だった」と証言しており、制度の中身を知り尽くした人物であることは間違いありません。

そして薬局にとって決定的なのが、2016年改定の潮流を生んだ張本人であるという点です。宇波氏は主計官(厚生労働第一担当)だった2015年、財務省として踏み込んだ調剤報酬改革案をまとめました。「対物業務から対人業務へ」「かかりつけ薬剤師」「門前薬局への厳しい評価」――今日まで続くこの大きな流れの源流は、この時期の財務省の問題提起にあります。



2. 一次資料が示す「宇波氏の調剤報酬観」

宇波氏の思想は、2015年12月の日経ドラッグインフォメーションのインタビューに凝縮されています。見出しは、「真に地域のために努力している薬局が報われる体系に/今こそゼロベースで調剤報酬を見直す時」。

本文で宇波氏は、薬局の数だけを見ても意味がなく、5万7000軒を超える薬局のうち住民に根差したサービスを提供している薬局がどれだけあるかが重要だと述べ、**「門前だからダメ、数が多いからダメではなく、果たすべき機能に鑑みて適正な薬局数に収れんしていくべき」**という考えを示しました。

ここで見落としてはならないのが、同じインタビューでの次の一言です。「財務省は歳出を削ることだけ言えばいいのだという人もいるが、診療報酬は医療に与える影響が大きく、間違った方向に向いてはいけない」。

つまり宇波氏は、一律削減派ではなく「機能・質を軸にしたメリハリ型の構造改革派」です。この違いは、極めて重要です。「削られる」ではなく「機能で選別される」――ここが本質です。



3. 高市政権 vs 財務省 ―― この人事の政治的文脈

今回の人事を「高市政権下の財務省改革人事」として捉えると、もう一段深い含意が見えてきます。

報道(東洋経済オンライン等)によれば、宇波氏は財務省内で**「反減税派=財政規律最重視のリーダー」**と目されてきた人物です。飲食料品減税を“悲願”とする高市首相は、就任以来くり返し財務省と距離を置いてきたとされ、今回の人事でも当初は宇波氏を勇退させ、別の幹部を次官に据える構想があったと報じられています。それを押し返し、宇波次官就任に落ち着かせたのが、旧大蔵省出身の片山さつき財務相だった――という見立てが広がっています。

政治的な暗闘の真偽はさておき、診療報酬にとって重要なのは次の構図です。

積極財政・減税を志向する政権の下で、財政規律派の宇波氏が事務方トップに立った。

この「ねじれ」は、今後の改定交渉が 「政権による政治的なプラス圧力(賃上げ・物価対応)」と「財務省による構造改革・適正化圧力」がせめぎ合う場になることを示唆します。しかも減税による数兆円規模の減収という財源制約が加わる。診療報酬という“財布”に向かう視線は、むしろ厳しくなると読むのが自然です。



4. 調剤報酬はどうなるか ―― 薬局経営者への核心

ここからが本題です。宇波氏の一貫した思想、2026年度改定の内容、そして直近の財政制度等審議会(財政審)の議論を突き合わせると、調剤分野については次の方向がかなりの確度で予想されます。

(1) 「対物から対人」の徹底は、緩まず深化する

評価の軸足は「薬局というハコ(立地・処方箋枚数)」から「薬剤師が発揮する機能」へと、さらにシフトします。2026年度改定で服用薬剤調整支援料が大幅に引き上げられたように、減薬・処方提案・服薬管理といった対人業務の“成果”への配点が今後も厚くなるでしょう。

(2) 立地・枚数依存モデルへの圧力は恒常化する

2026年度改定で新設された「門前薬局等立地依存減算」、医療モール内の集中率合算ルールは、まさに宇波哲学の具体化です。財政審の資料でも、改定の検討過程で**「薬局が小規模乱立に陥っている」**という問題提起がなされ、さらに医療保険財政の観点から医療分野の量的規制を検討する示唆にまで踏み込んでいます。門前・枚数依存型の収益モデルへの圧力は、一過性ではなく“標準運転”になると考えるべきです。

(3) 薬剤給付そのものが見直し対象に

薬価の毎年改定に加え、OTC類似薬の患者負担(特別料金)、長期収載品の選定療養拡大、リフィル・長期処方の推進など、「保険で給付する範囲」と「患者が負担する範囲」の線引きが調剤報酬と並行して進む可能性が高い。薬局の収益構造そのものに関わる論点です。

(4) DX・データは「加算」から「前提条件」へ

電子処方箋やデータ連携は、「導入したら加算」から、いずれ**「成果を示せなければ評価されない」**方向へ移行しうる。重複投薬の解消実績、服薬継続率、多職種連携の実態など、アウトカムをデータで語れる薬局が相対的に有利になります。



5. 診療報酬全体の見通し ―― 「必ずマイナス」ではない

診療報酬本体についても触れておきます。ここは慎重な留保が必要です。

宇波路線=単純な引き下げ、と早合点してはいけません。直近の2026年度改定はむしろ逆で、本体がプラス3.09%(2年度平均)と約30年ぶりの高水準となりました。物価高と賃上げ対応が押し上げた結果です。

したがって現実的な見立ては、「高齢化の範囲内に伸びを抑えつつ、物価・賃上げ対応分を加算し、その財源を機能に応じて付け替える」という運用の継続です。名目上はプラス改定でも、その配分は病院機能・処遇改善・政策誘導に限定され、診療所・調剤基本料・長期処方関連などで適正化(マイナス調整)が組み込まれる。「全員が勝つ改定」ではなく、機能別の実質的な勝ち負けが拡大する改定になる、というのが最も根拠に整合的な予測です。

加えて、宇波氏が全世代型社会保障改革を推進してきた経歴から、現役世代の負担軽減・高齢者負担の見直しと診療報酬改定が“一体パッケージ”で語られる傾向は強まるでしょう。



6. 冷静な留保 ―― 人事は政策を「決定」しない

過度な期待も過度な不安も戒めておきます。

第一に、調剤報酬の点数の細部は中央社会保険医療協議会(中医協)が、改定率は年末の大臣折衝が決めます。財務省の影響は、あくまでマクロの改定率と財政審の建議を通じた間接的なものです。第二に、宇波氏はもはや査定最前線の主計局長ではなく、日々の予算査定は後任の坂本基・新主計局長のラインが担います。次官は省全体を統括する立場であり、調剤報酬という個別テーマに直接手足を動かすわけではありません。

ですから、正しい読み方はこうです。

「宇波次官だから調剤報酬が急変する」のではなく、「宇波氏が長年主導してきた路線が、省のトップとして制度的に定着・長期化する」。

方向転換ではなく、路線の固定化。これが確度の高い結論です。




7. まとめ ―― 薬局経営者は何をすべきか

宇波次官の就任が薬局に突きつけるメッセージは、破壊的な引き下げの予告ではありません。**「2026年度改定で始まった機能・質による選別が、一過性ではなく恒常化・深化する」**という長期シグナルです。

裏を返せば、方向性は明確です。

  • 門前・処方箋枚数に依存した収益モデルからの脱却を、経営計画の前提に据える
  • 在宅医療・ポリファーマシー対策・退院時支援・多職種連携など、対人業務の“実績”を積む
  • その成果をデータで可視化し、地域における自局の機能を説明できる状態をつくる

宇波氏自身の言葉を借りれば、目指すべきは「真に地域のために努力している薬局が報われる体系」です。厳しい選別の裏で、機能を磨いた薬局には確かな追い風が吹く――そう捉えて、今から手を打つことをお勧めします。


(本稿は公開情報・報道・本人の過去発言に基づく筆者の推論です。政治的経緯に関する記述には観測に基づく部分が含まれます。最終的な改定内容は今後の中医協・大臣折衝・厚生労働省告示をご確認ください。)

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